第五章 変わる家族、変わる僕

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 僕の脳裏には、お医者さんらしく働く兄ちゃんの姿がずっと焼き付いていた。そういえば、兄ちゃんが働いている姿を見たのはあれが初めてかもしれない。お医者さん、しかも小児科のお医者さんとして、小さい子を怖がらせないようにあやしたりなだめたりしながら、テキパキと診断を下していく。カッコいいなぁ。僕はふとそんなことを思った。しかも、小さい子どもたちをああやって助けているんだ。  いつもは弟の僕を溺愛するばかりでふにゃっとしている兄ちゃん。(めぐみ)さんに甘えて怒られている兄ちゃん。そんな兄ちゃんとは別人のような、穏やかだけどキリッと緊張感の漂う表情。僕はそんな兄ちゃんの働く姿に憧れを抱いていた。  それから、(あい)()くんが退院するまでの間、僕は愛季くんの家族でも親戚でもないのに、小児科病棟に通い続けた。兄ちゃんは必ず、回診の時間になると愛季くんの病室を訪れて、いろいろ処置を施すのだ。そんな兄ちゃんの働く姿に僕は妙に興味をそそられた。 「(みなと)は今日も来ているのか。まるで、愛季くんの本当のお兄ちゃんみたいだな。いつもより随分頼もしく見えるぞ」  兄ちゃんはそう言って僕を笑った。 「僕は普段から頼もしいよ」 「へぇ。そうかい?」 「絶対今、そんなはずあるかって思ったでしょ」 「さぁ、愛季くん。今日は体調どうかな?」  くそぉ! うまい具合にはぐらかされた。兄ちゃんったらちゃっかりしてるんだから。  僕は兄ちゃんの仕事姿を見に、愛季くんの病室に足繁く通ううちに、すっかり愛季くんと仲良くなってしまった。採血の時間に泣いて嫌がる愛季くんをなだめたり気を逸らせたりする役目まで、いつの間にか僕が買っている。 「みなくん、明日も来てくれる?」  愛季くんは僕が帰ろうとすると、いつもつぶらな瞳で僕を見つめながらそう尋ねるんだ。僕は弟がいなかったからこんな年下の小さな子の相手をするの、ほとんど初めてなんだけど、こんなに可愛いんだね。兄ちゃんの仕事姿と共に、愛季くんに会いに病院に通ってしまう。そのうち、嶺まで僕に付き添って病院に来るようになっていた。  愛季くんの入院といってもただの盲腸の手術だ。一週間もせずに退院となった。 「みなくん、またボクと遊んでくれる?」  すっかり僕に懐いた愛季くんは僕にそう言って甘えた。 「うん、遊ぼう。でも、その前に、ちゃんと元気になるまで安静にしているんだよ。まだ退院し立てで無理しちゃだめだからね」  僕は愛季くんの目線に合わせてしゃがみながらそう言って愛季くんの頭を撫でた。 「病院に連れて来てくださっただけじゃなくて、毎日愛季のお見舞いまでしていただいてどうもありがとうございました」  愛季くんのお母さんが僕に何度も頭を下げた。麗華さんはとても決まりの悪そうな顔をしていたが、 「愛季、帰るわよ」 と言うと、愛季くんを連れて病室を出て行った。 「湊、子どもの扱い上手いよな。どこで習得したんだ?」  嶺が僕に尋ねた。 「別にどこにも行ってないよ。習得した覚えもないし」 「へぇ。じゃあ、それ、湊の(てん)()(さい)ってやつだね」 「え、なにそれ?」 「生まれついてもった才能ってことだよ」 「やだなぁ。そんなに褒めてもなんにも出ないぞ!」 「いや、別になにかを出してもらいたい訳じゃないから。でも、将来、子どもと関わる仕事とかしてもいいんじゃないかな? もう湊は親父さんから医者になることを強要されたりしてないんだろ?」 「うん……。そうだね……」  僕は考えていた。子どもと関わるのは元々好きだ。中学校の職業体験でも保育園の保育士さんのお仕事体験をさせてもらったし。僕には弟も妹もいないけど、一人くらい年下の兄弟が欲しかったな、と思う。だけど、同時にお医者さんとして働く兄ちゃんの姿にときめいてもいた。小児科医か。子どもと関わりながら、子どもを助けて元気にして。いいかもしれない。  久しぶりにお父さんとお母さん、それに兄ちゃんが僕の家で揃った日、僕は夕飯の時間に切り出した。 「あのね、僕、将来の夢、決めたよ」 「湊! それは一体……?」  お父さんは少し不安そうに僕の方を見た。僕の自由にさせることで、とんでもない職業を言い出すんじゃないかと心配してるらしい。へへ。面白いや。 「僕、将来は医学部に行くことにする。兄ちゃんみたいな小児科のお医者さんになりたい」 「湊!」  お父さんが今度は感激した表情を見せた。まったく、わかりやすいなぁ。 「おい、湊、それ、本気なのか?」  兄ちゃんも驚いて僕に尋ねた。 「本気だよ。僕、兄ちゃんの病院に愛季くん連れて行ったでしょ? その時に兄ちゃんが働いている姿初めて見て、カッコいいなぁって思ったんだ。それに、僕子ども好きだしさ」 「医学部受験するの、大変だぞ? それに、大学に入学しても医者になるためには国家試験を受けなきゃいけない。大学生活も結構大変になるけどいいのか?」 「いいよ。だって、兄ちゃんだってやって来た道なんでしょ?」 「まぁ、そうだけど」 「だったらやるよ。兄ちゃんも僕も同じ人間だしね。僕の方が出来は悪いかもしれないけど」 「ま、向いてるか向いてないかって言われたら、向いてるかもしれないな。愛季くんの異変に最初に気が付いたの、湊だろ? ちょっとした患者のサインに気が付くことって、結構大切なんだよ。それに、愛季くんの扱いも上手だった。採血も湊が手伝ってくれた時はやりやすかったって、看護師さんたちが噂していたよ」 「本当?」 「あぁ。本当だ。湊が本気で目指すって言うなら、俺も応援するよ」 「やったぁ! 兄ちゃん、ありがとう!」  兄ちゃんはすっかり照れ臭そうにしながら頭をポリポリかいた。 「お父さん、よかったわね。湊もちゃんと考えているのよ」  お母さんがお父さんにそう言った。 「そうだな。湊の自由にもっとさせても、湊はちゃんと育つのかもしれない」 「そうですよ。湊はそんな悪い子じゃないもの」  両親ともに異論はなさそうだ。よし。そうと決まったら勉強頑張るぞ! エイエイオー!
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