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嶺へ
嶺は世界一優しくてカッコよくて僕にとって一番大切な存在だよ。これからもずっと僕のそばで僕を愛してね。嶺のこと大好き!
嶺が大好きな恋人湊より
__________
「あはは、可愛い手紙だなぁ」
嶺は目を細めて僕の頭を撫でた。僕は真っ赤になった。
「もう、声に出して読まないでよ。恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしがりやの湊も可愛いな。赤くなったほっぺがりんごみたいになってるよ」
嶺が僕の頬をつんつんつつく。
「帰ったら湊のこと抱くわ。今日は夜まで我慢できそうにない」
「……僕も、嶺に早く抱かれたい。嶺も僕のこと好き?」
「うん。大好き。湊は世界一純粋で可愛くて俺にとって一番大切な存在だ」
嶺は僕の手紙を文字ってそう言った。僕は我慢できずに嶺の唇に吸い付いた。
僕と嶺は交換したチョコレート菓子の甘くてとろける味と、恋人同士の甘くてとろける味、その両方を感じながら寄り添って公園を出ようとした。
「あ、ホモ谷だ」
と、その時、僕がずっと嫌だった「ホモ谷」という呼び名をある聞き覚えのある声が聞こえて来た。「え?」と思って振り返ると、僕の初恋の相手だったくーくんこと小谷邦光が僕と嶺の方を指さして笑っているのが見えた。くーくんの隣には、クラスの中心にいつもいる人気者のあの恭太が一緒にいた。なんであの二人が一緒にいるんだろう。僕は混乱した。
くーくんはニヤつきながら恭太の手を引いて僕の方へ走って来た。
「よ、久しぶり。ホモ谷湊くん」
「おい、そのホモ谷っていう呼び方はなんだ。いきなり湊になんてことを言うんだ」
嶺が怒ってくーくんに怒鳴った。
「あれ? ホモ谷の彼氏? へえ。今でもホモやってるんだぁ。気持ち悪りぃの」
僕は何も言い返すことができなかった。曲がりなりにも初恋の相手だ。初めて好きになって、告白した相手だ。でも、その結果、くーくんに嫌われて、いじめられて、そんな嫌な思い出なんか忘れようとしていたのに……。
「おい、やめろって。桐谷、すまん。いい加減にしろよ、小谷」
恭太は僕を揶揄い続けるくーくんを止めた。恭太はそんなに仲良くもなった訳じゃないけど、最近は僕を「ホモ谷」と呼ぶことも、僕を揶揄うこともなくなっていた。
「は? なんで止めるの? こいつ、ホモなんだよ? 気持ち悪くないの?」
「俺はもうそんなことは考えてない。桐谷は桐谷だ。ホモである前にな」
すると、くーくんは思いっきり舌打ちをした。
「は? つまんねーの」
そして、嶺に向かって、
「あんたに教えておいてやるよ。この俺はな、小谷邦光。この桐谷湊が初めて恋した初恋の相手だ」
と挑戦的な目をして言った。嶺は目を見開いた。
「ま、俺はそんな気持ちの悪い告白なんか受けるわけないけどよ。あんたもこいつと同じホモなのか? あはは、きっもいなぁ。まぁ、このホモ谷湊くんとお幸せに。じゃあな」
呆気に取られている嶺に不敵な笑みを向け、くーくんはさっさと歩いて行ってしまった。
「あ、待てよ小谷! ごめんな、桐谷。また明日、学校でな!」
恭太はそう言うと、くーくんの後を追って走って行った。
「あいつ、なんなんだ。おい、湊。初恋の相手ってどういうことだ?」
二人の姿が見えなくなると、嶺が僕を問い詰めた。
「……もう昔のことだよ……」
「その昔の相手がなんで今更お前や俺にあんなことを言って絡んで来るんだよ!」
「わからないよ。僕にだってこんなこと想像もしていなかったのに……」
「へぇ。なんだかわかんねぇけど、なんかムカつくな、あいつ」
嶺はすっかり腹を立ててプリプリ怒っている。僕は中学時代の暗い記憶がフラッシュバックして、思わず泣きそうになった。
「あんなやつ、放っておけ。相手にする価値もねぇよ。初恋の相手だかなんだか知らねぇけど、湊を傷つけるようなことを言うやつなんか、碌でもないやつばかりだ。今度、お前に何か言って来るようなことがあったら、俺にすぐ言えよ。次は絶対あいつのことしめてやる」
「しめてやる」か。嶺が僕を守ろうとしてくれているのがわかるし、その気持ちは嬉しい。でも、僕が過去に好きになった人と、今現在好きな人が喧嘩するところなんか正直見たくはないかな……。
せっかく甘くて幸せ溢れるバレンタインデーだったのに、すっかり苦い味のバレンタインデーに変わってしまった。嶺は落ち込む僕のそばを離れようとせず、ずっと僕の身体を抱き寄せてくれていた。嶺が彼氏で本当によかった。こんなことがあった直後に、僕は独りで平気でいられる自信はなかった。くーくんのことを忘れることができたのは一重に嶺のおかげだ。今日も嶺がいてくれるから、僕は家に帰って冷たい部屋の中で独り枕を濡らさずにすんでいるんだから。
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