第六章 想い人のけじめ・想われ人のけじめ

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「くーくん……?」  僕は困惑したまま、地面に倒れ込んで震えているくーくんの肩に手を置いた。すると、くーくんはいきなり僕を地面の上に押し倒した。 「(みなと)! 頼む。俺の気持ちに応えてくれ。俺はお前が好きだ。中学の時にお前を無視したのは、あんなの嘘っぱちだ。好きだ。湊。俺は湊のことが好きなんだ」  くーくんは僕を押さえつけて強引にキスをした。 「おい!」  (りょう)が慌てて僕をくーくんから引き離そうとした時、 「うわぁ! ()(たに)、このホモ谷とかいうやつがホモで気持ち悪いとか言っておきながら、本当はお前がホモだったんじゃん」 という声とクスクスする笑い声が聞こえた。くーくんの動きが止まった。すると、校舎の陰からサッカー部員たちがぞろぞろ出て来た。 「まじで、男を押し倒すとは思わなかったわ。すっげぇな、お前。まるで女を襲ってるみたいに見えたぜ、今の」 「あんなにこのホモ谷とかいうやつのこと、キモいって言ってたくせにな」 「ていうか、本当のホモ谷って小谷のことだろ」  さっき、くーくんと一緒に下校していたサッカー部員たちが隠れて僕らの様子を見ていたのだった。くーくんは飛びのいた。 「ち、違うんだ。これは……」  くーくんはサッカー部員たちに必死に取り繕おうとしたが、()(はや)時すでに遅しだ。 「何が違うんだよ」 「本当、受けるよなぁ」 「俺、前からおかしいって思ってたんだ。異常にホモってワードにこだわるしさ」 「自分がそうだったんだもんな」  サッカー部員たちはわいわい盛り上がっている。くーくんはぶるぶる震え出した。そのまま「くっ」と歯を食いしばった声を出したかと思うと、一目散にその場を走り去った。 「あ、逃げた逃げた」 「そりゃ、こんなところ見られたらここにはいられないだろ」 「恥ずかしすぎるよな」  サッカー部員たちの笑い声が上がる。僕も嶺も呆気に取られて事の一部始終を見ていた。  僕は神妙になっていた。くーくん、僕のこと本当は好きだったのか。でも、そのせいで余計にくーくんは僕に嫌がらせをしたんだ。なんで好きな相手に嫌がらせなんか……。そう思うとなんだか切なくて仕方なかった。 「あんなやつ、自業自得だろ。ざまぁねぇな」  嶺はその後、ずっとくーくんに手厳しかった。 「だいたい、あいつがゲイを隠そうが公に出そうが構わないけど、湊をいじめていい理由になんかならないだろ。自分を守るために湊の恋心を踏みにじるなんて。しかも、なんでいまだに湊にあんなに執着して嫌がらせをしなきゃいけないんだ。湊が好きだから? へんっ。よく言うよ。あいつが好きなのは湊なんかじゃない。自分が可愛いだけだ。俺はあんなやつ、少しは痛い目に遭ったらいいと思うね」 「痛い目なら十分遭ったと思うけどな。サッカー部だってもう戻れないかもしれないよ?」 「戻れなかったら戻れなかったでいいだろ? 湊はあいつのせいで今まで苦しめられて来たんだぞ? 中学三年間に高校一年間。四年だぞ、四年! あいつも、同じくらいの目には遭うべきじゃないのか?」 「……うん、そうかもしれないね……」  僕はどうしても、嶺のようには考えることができなかった。サッカー部の部員に笑われてあんなつらそうな顔をするのを見ちゃうとな……。でも、かといってくーくんの連絡先も知らないし、(きょう)()に仲介役を頼むのも、そんなに親しくなった訳でもないのに気が引ける。このまま僕は手をこまねいているしかないのかな。  結局僕はどうすることもできなかった。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、日にちだけが過ぎて行く。そんな時だった。衝撃的なニュースが飛び込んで来たのは。くーくんが除草剤を飲み、意識不明の重体で病院に運ばれたというニュースが流れたのだ。  今は生死の境目を彷徨っているらしい。くーくんの入院する病院まで訪ねて行ってみたけど、当然面会(しゃ)(ぜつ)で会うことはできなかった。(しょう)(そう)感だけが募っていく。  僕は激しく後悔した。あのサッカー部との出来事の後、無理矢理にでもくーくんに会いに行って話をするべきだったんだ。 「桐谷(きりたに)()(たに)のこと、俺、小谷のクラスメートから聞いたよ。あいつのことであまり悩まない方がいいぜ。お前は別に悪いことはしていないんだから」  恭太はそんな僕の後悔を知ってか知らずかそんなことを僕に告げた。 「お前のせいなんかじゃないよ。これはあいつの問題だ。お前の問題じゃない」  嶺も何度もそう言って僕を励ましてくれたけど……。でも、このままくーくんが死んだりしたら、僕の中には一生の後悔が残る気がした。意識だけでも回復してほしい。僕はそう祈った。  くーくんの自殺未遂事件の第一報が入ってから数日後、やっとくーくんの意識が回復したという話を恭太から聞かされた。僕は早速くーくんの病室を訪ねて行ってみることにした。 「全く、お前もお人好しだな。助かったんだから、もうそれでいいじゃないか」  嶺はそんな風に呆れながらも、 「お前一人で行って大丈夫なのか? 俺も一緒に行くよ」 と言って僕について来た。病院に行ってみると、やっとくーくんは集中治療室から普通の病室に移ったようで、面会謝絶も解除されていた。  病院のベッドの上で点滴に繋がれたくーくんは、僕の姿を認めるなり肩を震わせて泣き出した。僕もなんだかかける言葉が見つからず、その場に立ち尽くしていた。 「怖かった……。本当に死ぬんじゃないかと思って、怖くて、でも頭がグルグルして、身体が動かなくなって……、怖かったんだ」 と言ってくーくんはむせび泣いた。 「そっか」  そんな返事しか僕はすることができなかった。そんな僕と正反対に、嶺はくーくんを怒鳴りつけた。 「本当にクソ野郎だな、お前」  くーくんはギョッとした顔をして嶺の方を見やった。
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