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「お前、湊のことをどれだけ傷つけたかわかってるのか? お前はお前を守るために湊の好意を利用したんだ。その癖、今更湊を好きだ? ふざけるな。その上、自分が湊と同じ状況になったら毒を飲んで自殺だ? どれだけそのせいで湊がショックを受けたと思ってるんだ。
湊はお前みたいなやつでも、ずっと気にかけていたんだぞ。お前がサッカー部にいられなくなるんじゃないかと心配して、話をしに行きたいって本気で思ってた。そんな時にお前が、自殺未遂までしでかすとはな。これ以上湊に負担をかけるんじゃねぇよ。
湊はな、もう俺のものだ。お前がどうあがこうが、お前に湊は渡さねぇ。だけどよ、そのせいで死のうなんて甘えったれたことするんじゃねぇ! サッカー部にいられない? 湊は学校にもいられなくなったんだぞ。その辛さを考えたことあるか? でも、湊はそれでも腐らずに今まで生きて来たんだ。お前だけ悲劇のヒロイン面してんじゃねえよ」
嶺の怒りが爆発した。くーくんは嶺に怒られるまま泣きじゃくっていた。嶺を見上げると、嶺も泣きながら怒鳴っていた。僕は嶺を抱き寄せ、
「もういいって。嶺の気持ちは十分わかったから。ありがとう」
と怒るのを止めると、
「湊!」
と嶺は僕をギュッと抱きしめた。くーくんは切なそうな表情でそんな僕たち二人を見つめていた。そんな顔をされちゃうと、僕の方まで心が疼く。
「僕もくーくんとちゃんと話さなきゃ」
そう言って、僕は嶺から離れて、くーくんのベッドの横に座った。
「お、おい」
「大丈夫だから。嶺は安心して」
慌てて僕を止めようとする嶺を僕は制止した。そして、僕はくーくんの方に向き直った。
「くーくん、僕のこと好きになってくれてありがとうね」
くーくんの頬がぽっと赤く染まった。
「くーくんは僕の初恋の相手だよ。それは、嶺と付き合うようになった今も変わらない」
「だったら、湊、俺のこと……」
「ごめん。それは無理。僕にとって嶺は今誰よりも大切な存在になったんだ。くーくんの気持ちは嬉しかった。でも、それに応えることはできないんだ。ごめんね」
「やめろよ、そんなこと言うの。俺がどれだけ湊のことを愛しているのか、お前わかってないだろ。
中学の時、お前に告白されたの、本当は嬉しかった。でも、お前が男に興味あるらしいって噂、地味にクラスで広がっていてさ。そんなお前と付き合ったりしたらまずいって思ったんだ。俺はホモじゃない。そう皆に示そうと思って、お前をいじめる側に回ったんだ。本当は俺も男にしか興味なかったのにな。そんな自分を認めたくなくて、学校で友達失うのも怖くて。
でも、湊が俺とは別の高校に進学しても、俺、どうしてもお前のことが忘れられなくてさ。こっそり湊のこと追いかけてた。
そしたら、アプリなんかで他の男と付き合ったりしているのを見て、俺すげぇムカついた。俺のこと好きだった癖に、なんであんなにいろんな男と軽々しくヤるんだって思ったら、お前のこと許せなくなって。だから、お前がアプリで事件起こしたのを知った時、お前の高校の同級生にお前が起こした事件だっていうことをバラした。
入江に近づいてその話をバラしたのも、お前がそこの水瀬嶺って男と仲良くしたりしたからだ。俺じゃない男に湊が振り向くのが許せなかった。
でも、結局そのしっぺ返しがこうやって返って来たんだもんな。湊には面と向かって振られるし、俺がホモだってサッカー部のやつらにはバレるし……。やけになって農薬なんか買ってさ。でも死にきれずにこの様だ。世話ねぇよな」
そんな……。高校で僕がいじめられた黒幕がくーくんだったっていうのか。僕はひたすら悲しかった。一度は好きになったはずのくーくん。そのくーくんが、僕を痛めつけた張本人だったなんて。
「湊、すまん。俺のせいで湊をたくさん傷つけた。こんな俺はお前と両想いになる資格はないのかもしれない。でも、今でもお前のことを愛してる」
「愛してる」か。僕は嶺からの「愛」を知っている。兄ちゃんからの「愛」もだ。本当の「愛」がどんなものなのか、この一年で僕は学んだ。くーくんは僕を「愛してる」と言う。でも、それは本当の「愛」とはいえないように僕は感じた。「愛して」いれば、自分が傷ついたって相手の幸せを願うもの。もし、嶺に何かあるならば、僕は自分を犠牲にしてでも嶺を守るはずだ。
「くーくんはまだ本当に愛してる人に出会ったことがないんだよ、きっと」
「え?」
くーくんは動揺した顔をした。
「僕はくーくんのことを許せない。くーくんのことを本気で好きだったから余計に。くーくんが僕に今までして来たこと考えたら、やっぱりもういいよ、なんて言えない。だけど、死のうとするなんてもっと許せない。僕のことを本当に愛しているんだったら、もう死のうとなんかしないで。
それから、僕はもう、くーくんに会いに来るのはやめる。くーくんは僕のことを忘れて、本当に愛せる相手を探すべきだと思うよ。でも、それは僕じゃない。もっと、相手の幸せを心から願えるような相手を見つけなよ。それは別に不可能なことじゃない。僕だって見つけたんだから。だから、くーくんも頑張って生きて、僕にとっての嶺みたいな人を見つけなよ」
「湊、だめだ。俺はお前のこと……」
「ごめんなさい! でも、約束して。これからは誰も傷つけないってこと。それから前向きに生きるってこと」
くーくんは泣き出した。
「いやだ。湊とこれで最後なんて嫌だ。俺は湊が好きだ……、大好きだ……」
くーくんがあまりに激しく泣きじゃくるので、僕は困って嶺と顔を見合わせた。その時、
「まったく、お前ってやつも人騒がせだな」
と、病室の外から声がした。すると、中に恭太がひょいっと顔を覗かせた。
「よっ、桐谷。どうも、水瀬先輩」
「入江くん!」
「お前!」
「恭太!」
僕たち三人は叫んだ。恭太は僕にニッと笑いかけると、僕に代わってくーくんのそばに座った。
「おい、邦光。もうやめてやれ。桐谷には桐谷の好きな相手がいるんだ。これ以上困らせるなよ」
「お前……、お前なんかに俺の気持ちなんかがわかってたまるか」
「ああ。わかんねぇな、お前のそこまで桐谷に執着する気持ちは。だけどよ、振られる辛さはわかるつもりだぜ。俺も今まで数多の失恋を経験してきているからな」
恭太が「数多の失恋」? 悪いけど、なんだか仰々しくてちょっと笑っちゃったよ。
「とりあえず、今日は桐谷たちをもう帰してやれ。俺が桐谷の代わりにここにいてやるからよ。思いの丈をぶつけるなら、桐谷じゃなくて俺にしろ。少なくとも、俺はお前の友達だからな」
「……バカじゃねぇの。恭太には恋愛感情なんてねぇよ。湊の代わりなんかになれる訳ないだろ」
「俺もねぇよ、そんなもの。俺は女の子が好きだしな。でも、お前のことを親友だと思っているぜ。それはそれで愛の形だろ?」
「……うるせぇよ」
くーくんはすっかり顔が真っ赤になっている。ていうか、この恭太ってやつ、よくもここまで歯に浮くようなセリフを次々に口にできるよね。ある意味尊敬するよ。
「よし、じゃあ、桐谷はもう後のことは俺に任せて家に帰れ。大舟に乗ったつもりでな」
「はぁ……」
「湊、行くぞ」
嶺がそっと僕に囁いた。僕はくーくんにもう一度向き直った。
「くーくん、じゃあ、僕はもう行くね。最後にもう一つだけ、僕の言うことを聞いて。ちゃんと幸せになるんだよ。じゃあね」
僕はそう告げると、病室を嶺と二人で出た。病室の中からくーくんの泣き声と彼をなだめる恭太の声が聞こえて来た。
僕には嶺がいる。僕にとっての唯一の恋人は嶺だ。だけど、どんなにひどい仕打ちを受けたとしても、小谷邦光は僕が初めて恋心を抱いた相手であることに違いはない。それは大切な想い出だし、そんな大切な人が彼であったことも覆せない事実だ。でも、そんな昔の僕ともここでお別れだ。僕は嶺と共に新しい一歩を踏み出す。僕は嶺の手をギュッと握った。嶺はそっとそんな僕を抱き寄せ、頬に軽くキスをした。
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