第七章 もう子どもじゃないよ

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第七章 もう子どもじゃないよ

 僕は今、久しぶりに再会した一郎(いちろう)と、とある重大な任務を仰せつかっている。一郎の親友荒川信一(あらかわしんいち)とその弟|(こう)()の「人生相談」に乗ることになったんだ。こんな僕に人生相談だなんて笑っちゃうけど、それが結構僕も身につまされる話でね。どうしても協力してやりたいなって思ったんだよね。  春休みに入る直前に一本の電話が一郎(いちろう)からかかって来たんだ。まだ携帯が復活していなかったから(りょう)経由でね。 「(みなと)、一郎から電話。お前と話したいんだってさ」  嶺がそう言って僕に自分の携帯をふりふりした。久しぶりに一郎と話せることになった僕は大喜びで電話に飛びついた。 「やっほー! 一郎、元気?」 「相変わらず元気そうだね、湊は」 「なんだ、それ。僕は病気しないみたいじゃん。これでも熱出して寝込んだことだってあるんだぞ!」 「あはは、ごめんごめん」 「で、一郎の話ってなんなの?」  すると、一郎は楽しそうな調子から一転少し深刻そうな口調に変わった。 「うん……。実はね、僕の高校の親友で信一ってやつがいるんだ。そいつの弟が実はゲイだったんだって。それが今家族にバレて大変みたいなんだ。お父さんにもお母さんにも拒絶されちゃったみたいでさ」  僕は驚いた。僕とまんま同じ体験を現在進行形でしている子が一郎の身近にいたなんて。しかも、そんな子の力にこの僕がなれるかもしれないなんて。僕は()(ぜん)やる気が沸いて来た。 「え、面白ろそう! 行く行く!! じゃあ、春休みになったら一郎んち遊びに行くね! その時に一郎の友達の弟くん、会えるでしょ?」 「そうだね。うん。いいよ」 「わーい! めっちゃ楽しみ!」 「あのさ、僕んちに来るための口実にしてない? 結構これ、まじめな話なんだけどな。ちゃんと考えてよ?」  そりゃ真面目に考えているとも! こんな風におちゃらけてみせてるけど、僕は結構本気なんだぞ! 「わかってるって。桐谷(きりたに)湊大先生にかかればなんでもパパっと解決しちゃうよ!」  一郎の大きな溜め息が聞こえて来る。全然信用していないな。だったら、僕がこの相談事に適任であることを示してやるよ! 「あ、そういえば、僕、嶺との関係、親にバレちゃった」 「は???」  一郎が(とん)(きょう)な声で叫んだ。 「だってさぁ、僕たち、しょっちゅうお泊りしてるじゃない? 最初はうまく友達で誤魔化せていたんだけど、だんだん怪しまれるようになってさ。それで、この前、嶺とエッチしてる時に親、僕の部屋に狙って入って来たんだよ? 最低だよね!」 「で、今はどうなってるの?」 「それ訊く? 実はね、僕、親に勝っちゃったんだよ、すごくない?」 「どういうこと?」 「嶺と別れろっていうからさ、だったら親子の縁切って家出てってやるって僕言ったんだ。出て行けるものなら出て行ってみろ、なんて親言うから、本気なとこ見せてやろうと思って、僕、荷物まとめて嶺んちに家出したの。そしたら、親、嶺んちまで押しかけてきて、嶺の親にも僕らの関係バレちゃった」 「おいおい、それって逆にまずい展開じゃ?」 「違うの! これからがスゴイの!  でね、僕、大泣きするフリして嶺のお父さんとお母さんにお願いしたんだ。もう、嶺と無理矢理別れさせられたら、僕、生きていけませんって。嶺までそれ、本気にしちゃってさ。めっちゃみんなに心配されて、嶺のお父さんとお母さん、そんなに僕と嶺が想い合ってるなら、口出しはしない、なんて言い出すんだよ!  それで、うちの親、お前の関係は絶対に認めないけど、止めもしない、だって! これ、黙認しますって言ってるようなもんじゃん? しかも、もう携帯買ってもいいって言われたから、春休みになったら僕、携帯復活するよ」 「湊、僕の知らないうちにそんなことがあったんだね……。すごいや。やっぱり湊に相談してよかった!」  一郎が感嘆の声を上げている。ほらね。僕、絶対に適任だと思ったんだ。  という訳で、今、一郎の家に嶺と共にお邪魔している。僕、嶺、一郎、(しょう)くんの四人のゲイが晃司のために一堂(いちどう)(かい)した訳だけど……。一郎の親友の信一って子、結構イケメンでびっくりしちゃった。信一の隣に立っている弟の晃司もお兄さんに負けず劣らずカッコいい顔をしてるんだよね。こんなイケメン兄弟で片方がゲイとか、いけない妄想をしちゃいそうだよ。ゴホン。そんなことは置いておいて、今は真剣な話をしないと! 「ほら、あいさつしろって」  信一に急かされるまま、晃司は消え入りそうな声で、 「荒川晃司です」 とだけ答えた。なんだかおどおどしている感じだ。ちょっと緊張をほぐした方が話しやすいかな? 「へぇ。晃司くんかぁ。なかなか可愛い顔してるね!」  でも、晃司はクスリともせず、余計に(おび)えたような表情で黙りこくっている。あれ? このやり方だとダメなのかな? 「晃司くんって、どんな人がタイプなの? エロ本ってどんな本見てたの? タチ? ウケ? リバ?」 「おい、湊、すっかり委縮してるだろ」 と、翔くんが僕を止めた。あれれ? おっかしいなぁ。僕のやり方だとダメなのかな? 「話したくないことは話さなくていいんだぞ? 何か俺たちに聞きたいこととかないのか?」 と、嶺くんが優しく問いかける。しかし、晃司くんは黙ったままだ。今度は一郎がおもむろに話し出した。 「ゲイってさ、気持ち悪いよね」  晃司が「え?」という表情で初めて顔を上げた。 「男のくせに男が好きで、男の裸見て興奮したりさ。異常だよね。僕だって、何度も何度もこんな自分嫌だって思ってたよ。中学時代、僕、そのせいで学校に行けなくなった。家にも引きこもった。自分のこと大嫌いでさ。なんでこんな風に生まれてきたんだろうって、ずっと思っていたよ」  晃司くんはじっと一郎の話を聞いている。 「きっと、僕は晃司くんのこと、完全には理解できないと思う。僕、親にバレたわけじゃないからさ。家でも居場所がなくなる感覚って、僕、知らなかったんだな、て晃司くんの話聞いて思った。僕はまだ家に居場所があったんだなって。でもね、ここに同じような経験してる友達がいるんだ。湊なんだけどね」  晃司くんが僕の方を見た。ここで僕を出して来るか。一郎って意外に相談事に乗るのが上手いよね。僕もキョウさんの事件の時も、一郎に説得されて結局上手くいったしな。 「いやぁ、照れちゃうなぁ」  僕は照れ隠しにおちゃらけた。しかし、晃司の僕へ向ける目が変わっていた。 「湊さん、でしたっけ?」 「湊でいいよ。さん付けなんて恥ずかしいって」 「じゃあ、湊さんってどんな経験したんですか?」 「だから湊でいいってば。あ、いや。うん。まぁ、いろいろあったわけさ。僕の人生もね。山あり谷あり、みたいな」  僕は自分の体験を全て語って聞かせた。学校での孤立。出会い系アプリに溺れたこと。一郎たちとの出会い。危ない人に関わり、警察沙汰になったこと。親にバレ、携帯を没収されたこと。嶺との恋。そして、僕と嶺の関係が双方の家族にバレたこと。晃司くんは、僕の話を聞いているうちにしくしく泣き出した。 「でも、僕、どうしたらいいかわからないんです。湊さんみたいに僕、強くないし。これで家追い出されたら、ホームレスになっちゃいます」 「いや、僕、強くないって。可憐な乙女、じゃなくて男の子だから」  晃司に「強い」なんて言われて僕は舞い上がってしまった。照れ臭くて思わずおちゃらける僕を嶺がそっと止めた。晃司はずっと泣いている。一郎がそんな晃司に優しく話しかけた。 「じゃあ、別に湊みたいにする必要はないって。僕だっていまだに親に翔との関係を話してない。黙ったままでいるよ。だから、もう家ではこの話に触れないようにすればいい。だけど、学校には僕がいるよ。翔もいる。だから、僕たちがいつでも相談に乗るから。僕たちの前だったら何も隠さなくていいからね」 「本当ですか?」 「いいよね、翔?」 「ああ。俺たちでよければいつでも力になるぜ」 「ありがとうございます」  晃司は何度もそうやって礼を述べた。 「湊や嶺くんも、ちょっと遠くに住んでるからいつも話せるわけじゃないけど、また、何かあったら一緒に会えるよ。僕たちが晃司くんの味方になるし、安心して」  一郎が優しく晃司にそう言った。もちろん、僕はいつでも力になるさ! ずっと黙っていた信一が口を開いた。 「ありがとうな、一郎。いろいろ話してもらって。これから弟を頼むわ」 「いいのいいの。僕と信一の仲でしょ? 遠慮しなくていいって」 「いや、本当にありがとう。みなさんも、本当にありがとうございます」  信一が深々と頭を下げた。一件落着か。気が緩むと、信一のイケメンっぷりを見ていると、ついついちょっかいを出したくなるんだよなぁ。イケメンのあわあわしてる所、萌えない? 「信一くんってさぁ、彼女いたことあるの?」 「は? へ? いきなりなんですか?」  信一は椅子から椅子から転げ落ちそうになった。 「へぇ、ないんだぁ。純粋な少年って感じだもんね」 「いや、そんな……。まぁ、彼女なんていたことないですけど……」 「だったら、男なんてどう? 僕、初めての相手になろっか?」 「な、な、なに言ってるんですか! 俺、男には興味ないですから」  信一の声が上ずっている。嶺が僕をどついた。 「バカなこと言うな。俺らに対するノリと、他の人に対するノリはちょっとは使い分けろ」 「えー? なんで? だって一郎の友達なんでしょ? 僕たちも一郎の友達じゃん。だったら、僕たち仲間ってことでいいじゃんね。ねえ、信一くん!」 「あ、いえ、遠慮しておきます」  信一はそそくさと席を立った。 「えー! つまんない! せっかく友達になれると思ったのに」 「それは、お前が悪い」 と、翔くん。 「なんだよ、翔くんのくせに。偉そう」 「くせにとはなんだ、くせにとは!」  喧嘩を始める僕らを置いて、一郎は信一と晃司を見送りに出て行った。
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