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ボクラ
大学にはいくつか寮があったのだが、私は留学生が多く利用している国際会館という寮に二年ほど入居していた。東側の森の入り口の交差点にポツンと建てられている、灰色の建物は、皆その場所を通り過ぎたことはあるけれども、それが何の建物かは知らない、そんな寮だった。寮どころか、そこが大学の施設だということも知らないまま、卒業してしまう学生も多い。留学生の他にも、何名か日本人は安値で住むことが出来て、安く住む代わりに留学生の暮らしの世話や、交流パーティーを企画すべし、という条件があった。寮の二階は、フロアを丸ごと一つの談話室として、設計されており、ボードゲームやピアノ、はてはビリヤード台やクリスマスツリーまで倉庫にあるという、用意の良さだった。時にはイベント会場にもなり、寮生であれば自習室として利用することもできる。
変わらない日常の中で時たま、理由もなく無性にジグソーパズルがやりたくてたまらない、という時期がある。小さなピースがパチリパチリと嚙み合っていく音を聞くと、雑念の靄がサーっと払われていく。500ピースぐらいの、風光明媚なパズルを完成させて、談話室の入り口のドアの上にでも飾っていれば、さぞ気が利いていようと思い、早速嵐山竹林の、ほぼ緑一色で難解なパズルを購入し、談話室でせっせとパズルの完成にいそしんでいた。確か5月か6月ごろだっと記憶しているが、大学も割合暇な期間だったからか自習する留学生もおらず、作業は大いにはかどり、気づけば夜中の2時を回っていた。まさかこんなに早く完成するとも思っていなかったので、ピースを固める糊も額縁も購入していない。とりあえず、完成した竹林は丸テーブルの上にうっちゃっておくことにして、部屋で休んだ。
次の日、大学の講義が終わって談話室に行くと、あっと思わず声を出して、丸テーブルのそばに駆け寄った。あれほど苦心して完成させたパズルが、見るも無残にバラバラに壊されている。どう見ても、人の手によって為された所業である。だが、テーブルの上に一日放っておいた私にも責任がある。そもそも寮の中とはいえ、公共の場に私物を置きっぱなしにしている時点で、どうぞご自由にしてください、と言っているようなものだし、いざ落ち着いて勉強しようという人にとっては、邪魔極まりない。とはいえ何台もテーブルはあるし、普段、テスト期間であっても談話室が満席になることはない。今振り返ると大げさではあるが、大学生と職員だけしかいない寮の中に、子供のいたずらのような無邪気な悪意が潜んでいると思うと、ふつふつとこみ上げる不快感と怒りがあった。放置していた自分にももちろん責任はあるが、かといって一晩かけて作り上げた作品を破壊されるいわれはない。と怒ってみても、どうしようもない。破壊されたと言っても、辛うじてそれと分かる原型が残っているから、おそらく修復に時間はかからないだろう。ただ、今日は一日講義が入っていたため、まだ糊と額縁を買っていない。かくなる上は、迅速にパズルを完成させたのち、バイト先でもあるスーパーマーケットに行って、ジグソーパズル用の糊と額縁を購入する。寮の部屋には500ピースサイズのパズルを置いておく余裕さえないから、今日のところは、もう一日ここに置いておくしかない。犯行現場に犯人が舞い戻ってこないことを祈りつつ、素早くパズルを完成させた。
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