ボクラ

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ところが、うっかり付属の刷毛で丁寧に糊を塗布した後、またパズルのことが頭から抜けてしまった。15分ほど糊が乾くのを待って、額縁に飾るという手順だったのに、夕食の準備やらレポートやらに気を取られて、つい5時間も放置してしまった。だが、糊まで塗っているのだから、もう大丈夫、というなんとも根拠の無い自信が芽生えてしまっていたことは否めない。はやる気持ちで談話室に戻ってみると、今度こそ、紛うこと無き憤怒の炎が燃え上がってきた。糊もほどよく固まってきたところで、犯行に及んだのだろう。下の方は無理やり引きはがされ、表面のプリントも剥げ、灰色の繊維が見えているほど、無残に破壊されていた。談話室には他に誰もいた形跡がない。何という、大胆不敵な賊だろうか。たかがジグソーパズルとはいえ、明らかに人が時間をかけて作ったものを破壊するなど、信じられない。そして、たかがパズルとはいえ、丹精込めたものが、踏みにじられることの、何と心が傷つけられることだろうか。もし犯人に垣間見えることがあれば、絶対に許さぬという思いで、私はなんとか糊を塗り直し、今度はその場から離れずに15分間、糊が乾くのを待った。指でパズルの表面をなぞり、十分乾いたことを確認すると、両端を掴み、慎重に額縁に挟んだ。パズルを飾る場所はもう決めていた。前述の通り、やはりこの談話室の入り口のドアの上に時計か何かをかけていた後だろうか、おあつらえ向きに日本の釘が打たれていたので、そこに完成したパズルの額縁をかけた。私は、一歩下がって満足げに自分の仕事の出来を眺めた。殺風景な談話室が、少し華やかになった気がする。何より、こうしてちゃんと額縁に飾っておけば、そうそう壊されることもないだろうし、剝がされていたプリントの部分も、完璧に修復できている。そうやって、一人悦に入っていると、思いがけない小さな訪問者があった。
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