14人が本棚に入れています
本棚に追加
3.心霊スポット
「わたしたち、リサイクルショップに入ったじゃない。でもあそこのお店、本当は何年も前に閉店してるんだって」
「そうなの? 営業してたように見えたけど……普通は、閉店したらあそこまで品物を残したりしないと思うし」
あの店のことは覚えている。ちゃんと閉店間際にかかる『蛍の光』の音楽も流れていたし、店員の姿は見かけなかったが商品もたくさんあった。
「うん。わたしも覚えてるよ。リサイクルショップだから、色んなものがあったよね」
「そういえば、夕莉子はどこに行ってたの?」
「お店の中で凜ちゃんを探してたんだけど、全然姿が見えないし、電話も繋がらないからお店の外に出てみたんだ。トイレかなって思って」
夕莉子は、オレンジジュースをひとくち飲んで息をついた。
「ちょっと周りを見て戻ってきたら、お店の自動ドアが開かなくなってたの」
「それって、何時くらい?」
「えっと……六時くらいかな」
凜が迷子になっていたのは、夜の八時から九時くらいの間だ。夕莉子は二時間以上も凜を探して、駅ビルのなかを彷徨っていたことになる。
「ごめん。そんなに長い間、探させちゃって」
「ううん、無事で良かったよ。本当に。しばらくしたら、エレベーターの付近に人だかりができてたの。あとは……」
あの時、凜が見た光景に繋がるのだろう。夕莉子は言い難そうに目線を落とした。
「あのお店って、なんで潰れたの?」
「事件があったんだって」
夕莉子は、具体的な内容は言わなかった。言いたくないのだろう。
ただ、「もう行かないでね」と念を押されたので、凜はただ頷いて「わかった」と返事をした。
「でも、帰り道に近くを通らないといけないから……」
「分かってる。お店に入らなければ良いから」
夕莉子は心配そうな目で、そう言った。
***
凜と夕莉子は、帰る電車が違う。
どうしてもリサイクルショップの側を通らないと帰れない凜を心配して、夕莉子は途中まで付いてきてくれた。
「……やっぱり閉まってるね」
「本当だ。何だったのかな、この間は」
見ると、ガラス張りの店の中は薄暗く、確かに閉店しているようだった。
「まあ、入らなければ大丈夫だよ。それじゃ、ここまでで良いよ。ありがと、夕莉子。また明日」
「うん。また明日ね」
安心したのか、夕莉子は可愛い笑顔を浮かべて手を振った。
彼女の小さな背中を見送った後、自分も帰ろうとすると背後から大きな声がした。
「あっ、ここじゃね? 噂の心霊スポット!」
能天気な物言いに振り返ると、高校生がスマホを片手に記念撮影をしていた。見たことのない制服だ。
悪意がある感じではない。
「うぇーい! うぇーい! ひゃっはー! ひゅー!」
大丈夫かこの人。
異常なテンションに怖くなっていると、目が合ってしまった。
やばっ……。
すぐに目を逸らしたが、高校生は素早い動きで移動して凜の目の前に立った。
「すみません。撮影中なんですよ。変なことしてませんから」
急に真面目な表情でそう言った。通報でもされたことがあるのだろうか。
「えっと、動画配信とかですか?」
凜がそう言うと、高校生は「そうなんすよ」と小声をもらして笑顔になる。
「ここ、最近ネットで噂になってる心霊スポットらしいんすよ。潰れたリサイクルショップで、中から死体が発見されたって」
店を指差して、高校生は無邪気な声で続ける。
「誰もいないのに人の気配がしたり、夜に灯りが点いてたり……」
いや、この駅ビル、最近ほんとに事件があったから。エレベーターの方だけど。
そう言おうとすると、高校生の背後から、隠れていたのか女子高生が出てきた。
「あの、この近くに住んでるんですか?」
おずおずと聞いてきた。大人しそうな顔をしているのに、こんなふざけた肝試し配信なんてしてるのか……と呆れていると、恐らく彼氏であろう高校生の袖を引っ張る。
「ねえ、もう帰ろうよ。やっぱり、あんまり良くないよ」
「えー? でも、もうこんな所まで来れないぞ? 電車賃かかるし」
どこから来たんだよ。そう心の中で問いかけてしまう。
「もう来なきゃいいじゃん、帰ろうよ。なんか怖いよ」
「えっ? お前、ひょっとして霊感とかあるの?」
「そういうんじゃなくて」
彼女は凜に視線を送りながら、申し訳なさそうな顔をしている。
「おなかも空いたし……」
彼女がそう言うと、彼は納得したのか「分かったよ、ごめん」と言った。そして凜に頭を下げて踵を返した。
去り際に、彼女が振り返ってお辞儀をした。かと思うと、急にその場にへたりこんでしまった。
「おい、平気かよ」
彼氏が慌てた様子で見ていた。少しパニックを起こしているようで、「どうしよう」と繰り返している。見かねた凜が手を差し出すと、その手を取って再びよろめいた。そのまま凜の腕にしがみつく。少し震えていた。
「大丈夫ですか?」
さすがに心配になって問いかける。
彼女は「ごめんなさい、眩暈がして……もう平気です」と青い顔をしながら答えた。
そして、去り際にこう呟いた。
「ここ、ちょっと本当にやばいかも……」
それを聞いた彼氏は怯えた表情を浮かべて、早足でその場から退散して行った。
最初のコメントを投稿しよう!