4.だるま人形

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4.だるま人形

 部屋に戻って、ノートパソコンを起動した。いつもなら好きな動画をチェックするのだが、今日は検索ページで駅名と『心霊スポット』と打ち込む。すぐにあの店が出てきた。 「こんな書き込みされてるんだ……」  画像まで載せられている。  有名な大型掲示板に書き込まれた話によると、あそこは人が殺されてるだの、呪いのだるま人形が転がってるだの、見に行ったら遺族の人が怖い顔で(にら)んでいただのとあった。  ……遺族の人って、これ今日の私のことじゃないだろうな。  違うかもしれないけれど、つい被害妄想気味になってしまう。 「バカバカしい、もうやめよう」  明日の予定を確認するためにスマートフォンを取り出そうと、カバンの中を探す。  しかし、いつも入れているところにスマートフォンがない。 「え、ちょっと、嘘」  どこで落としたのだろうかと、凜は真っ青になった。  再びパソコンを起動して、端末を探すサービスを利用して地図に表示させる。この方法は、スマートフォンに電源が入った状態でなければいけない。凜は祈るような気持ちでパソコンを操作した。 「……あった!」  知図の上には、スマートフォンの場所が表示されている。安心したのも束の間、良く見るとそこは駅だった。 「あの、リサイクルショップのあたり……?」  うんざりした。呪われてるんじゃないだろうかと頭を抱える。落とした自分が悪いのは分かっているが、どうにもやりきれない。 「どうしよう……今、取りに行ったほうが良いかな」  時計を見ると、夜の八時過ぎだ。  しばらく悩んだが、こんな時間に心霊スポットに行きたくない。ホラー映画の主人公になってしまう。  けれど逆に考えれば、お化けに怯えてスマートフォンを誰かに持っていかれたら、それこそバカすぎる。 「いいや、取りに行こう」  誰かに付き合ってもらおうかとも考えたが、迷惑だろうと思いなおし、凜は一人で出かけることにした。 「ああ、もう……怖いなぁ……」  リサイクルショップの前に辿り着いた頃には、夜の九時を回っていた。この時間帯だと、周囲には人の気配がしない。今は変な人よりもお化けが怖い。  ボーイッシュな外見で気が強いと思われがちな彼女だが、幽霊や怖い話は苦手だった。  高校生たちと立ち話をしていた辺りを探すが見当たらない。  ふとリサイクルショップの方向を見ると、店の入り口の前に探し物が落ちていた。 「……あった!」  凜は駆け寄って、自分のスマートフォンを回収する。すぐに起動してみるが、壊れてもいないし電源もまだ半分以上残っていた。無事だ。 「良かったぁ……」  自分にしか聞こえないような小さな声で呟いたあと、顔を上げると、昼間に見た風景と何かが違うことに気がついた。  リサイクルショップの自動ドアが開きっぱなしになっている。  真っ暗な店の前には空気清浄機や、布団乾燥機が放置してあった。  その影に隠れるように大量の岩塩が置いてある。手書きの値札にはパキスタン産だと書いてあった。 「うわぁ……なにこれ……わっ!」  岩塩の裏に、古いだるま人形が置いてあった。正月に売っているようなものじゃなくて、高級そうな日本人形の顔をしている。岩塩のそばにあったせいか、顔が溶けてしまっていた。それどころか、血の様なものまで付着している。掲示板に書き込まれていたことを思い出す。 「こわっ……そりゃ心霊スポットとか言われるわ……」  前に店内を物色した時には、こんなものはなかったはずなのに。 「そうだ、早く帰らないと」  こんな場所でこんなものを見ていたら呪われそうだし、変な人に絡まれそうだ。  凜は急いでその場所を後にした。立ち去る時に何度も背後を確認しながら。  帰りの電車の中で、座席に座りながらスマートフォンを眺める。  夜の十時を過ぎているが、座席には何人か座っている。スマートフォンを見ているか、眠っている人ばかりだ。  そういえば、だるまの呪いって何だったんだろうと思い出して、駅名と『心霊スポット だるま』と追加して打ち込んでみた。  数時間前に見た掲示板が出てきて、そこに画像付きの書き込みがあった。  ――潰れたリサイクルショップの中に、だるま人形が置いてある。  それを見ると、手足がもげて死ぬ。  死にたくなかったら、写真を撮って、ネット上にばらまかないといけない。  その写真を見ても、死ぬ。  死ななかったら、生きたまま異世界に飛ばされ  て  どこに  頚螺(くびら) 頚螺 頚螺 頚螺 頚螺  ……最後の文章なんなんだよ。怖すぎるわ。  心の中で凜は毒づいた。  改行がおかしいのは、わざとだろうか。  その言葉の下に、だるまの画像がはりつけてあった。店で見たものだ。  昔のホラー映画か。アホか。  怖いのを通り越してイライラしてきた。  ただ気になったのは、撮影された場所はあの店の前ではない。  日本家屋の中だった。畳の上に置かれただるま人形は、やはり同じように顔が溶けている。  誰かが外から持ち込んだものなのだろうか?  だとしたら、相当な悪意を感じる。噂話よりも、この写真を載せた人間がいるという事実に、凛は恐怖を感じた。  この文章を信じるなら、凜は死ぬか異世界に飛ばされてしまうことになる。  ……異世界っていうか、異界じゃないのかな。  それこそ、凜が迷子になったあのビルやエレベーターは異界と呼ぶべきところだったように思える。こんなことを真剣に考えている自分に嫌気がさしたが、頭の中はそのことで一杯になってしまった。
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