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5.異世界
電車の中で調べてみる。
スマートフォンから得た情報によると、異界とは人間ではない化け物や神霊など、人外の棲む場所とされているようだ。
呪われた地という意味合いもあり、あの世とこの世の狭間のことも指すらしい。
ファンタジー小説に出て来る楽し気な『異世界』とは真逆のように感じる。
あんな恐ろし気なだるま人形を見てから、ご機嫌な異世界に行けるわけがない。
やはり異界に連れていかれるのだろう。
楽しい世界でも恐ろしい世界でも、どちらにも行きたくはなかった。
うまい話には裏があるし、怖い話はそのまま恐ろしいものだ。
踏切の音が聞こえて、ふと顔を上げる。
窓の外は真っ暗だが、ちらほらと浮かぶ灯りが一定のスピードで流れていく。気がつくと、乗客は自分ひとりだけになっていた。
だいじょうぶかな、これ。
電車に乗っていたら異界に迷い込んだ、なんていう話はあまりにも有名だ。電車にまつわる怪談は何個か聞いたことがある。
今、どの辺りを走っているのだろう。
凜が通う高校は、電車で三十分程度かかる。スマートフォンの時計を見ると、もう夜の十時近い。
乗り過ごしたくない。座ったまま、しばらく何もせず暗い窓を眺めて待つ。
しかし、いつまで経っても次の駅に着かない。
いや、嘘だよ。無理だよこの展開。
不安になっていると、スマートフォンが振動した。見ると通知が来ており、メッセージが届いている。誰からだろうと思い開いてみると、そこにはあのだるま人形の画像があった。
恐怖に息を呑む。
画像と一緒に書いてある文章を読んで、さらに背筋が凍り付いた。
妄想の世界はとてもキレイ。
異世界へようこそ。
脚がめちゃくちゃ。
現実はそれとバランスを取るように、
階がめちゃくちゃ。
狭間はどこにつながってるの?
頸 螺
「やめてよ! 何なの!」
たまらなくなって凜は叫んだ。
無人とはいえ、電車の中だ。一瞬だけ罪悪感を感じて周囲を見回す。やはり誰もいない。
「くそっ……どうしようかな……」
パニックを起こしてもメリットはない。とりあえず座って考えた。
まず、このメッセージの相手だ。ぱっと見は心霊現象みたいだが、現実にいる人間がやっているに違いない。凜はそう仮定した。そうしないとやっていられない。
メッセージを確認すると、送り主のアイコンは初期のもので、下には『未亜』と書かれていた。
「知らない人だな。みあ? 頸螺じゃないんだ」
じゃあ、こいつが犯人と仮定しよう。
「えっと、この文章はどういう意味だ?」
ワードだけ切り取ってみる。妄想の世界。異世界。脚がおかしい。
現実は階がおかしい。
「狭間はどこにつながってるの、とか。知らんわ」
初めの文章は妄想の世界イコール異世界、という意味だろう。
そこでは書き手の脚がおかしくなっている。
そのバランスを取るために現実では階がおかしくなってる。
「じゃあ、狭間は出口とか入口っていう意味かな?」
それから画像を見る。だるまと脚というワードから考えられるのは、無くなっているという点だろう。
そして、階がおかしいというワードには心当たりがある。
この間、迷子になった駅ビルだ。
地下に居たはずなのに、外側が望めた。そういえばあそこから見えた景色は、全体的に青光りしていて綺麗だったようにも思える。
「ついでにこっちも考察しとくか」
さきほど調べていた時に見つけた、だるまに関する噂話をもう一度読み返す。
概要は、リサイクルショップのだるま人形を見ると、手足がもげて死ぬ。
写真を撮って、ネット上にばらまかないといけない。
写真を見ると死ぬか、生きたまま異世界に飛ばされて……。
『どこに』で締めくくられている。
「自分でもどこにいるのか分からないのかな」
最後には頚螺と繰り返して書かれている。これは名前なのだろうか。
漢字の意味を調べてみる。
「えっと、頚は……ああ。頸椎の事か」
スマートフォンで調べると、頭と胴体を繋ぐ部位、と書かれていた。
「螺は……巻貝? ん-、よく分からないな。じゃあ、くびらって何だっけ。なんか聞いた事あるんだよな」
少し考えてから、十二神将だったような気がして打ち込んでみた。なにかのゲームで見たことがある。
すると、宮比羅という仏教の睡蓮の神様が出てくる。やはり十二神将の一人だ。
「何だろうな、神様の名前を良くない感じにもじったのかな?」
呟いた後に寒気がした。当たらずとも遠からずなのかも知れない。
良くない意味に挿げ替える。
頭と胴体を繋ぐ部位に、渦巻き状のもの。
「あ、分かった! 首がねじ切れるとか、そういう意味だ!」
大きな声でそう言ったのち、ひどく後悔した。いくら自分しかいない車両だからって自由にしすぎだ。
いやこれ完全に呪詛だろ。何回も繰り返してるし。こんなメッセージを人に見せてどうするんだよ。
相手の悪意に呑まれそうになるが、目をぎゅっと閉じて気持ちを切り替えた。冗談じゃない。ホラー映画ではパニックを起こした人間から先に死んでいくんだ。
再び窓を見ると、電車はまだ走り続けていた。
いつも見ている景色によく似ているが、もうここは自分の知っている世界ではないのだろうか。スマートフォンの画面を見ると、電波も繋がっているしインターネットも調べられる。
メッセージが届くということは、こちらから相手に送ることもできるはずだ。
凜は、このメッセージに返信してみるか、誰かに助けを求めるかで迷っていた。
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