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1.リサイクルショップ
学校帰りに、友達と駅ビルの中にあるリサイクルショップに寄った。
そのお店は一階と地下にまたがった二階建てで、エスカレーターで繋がっていた。
一階の入り口は外に繋がっていて、地下は地下街に繋がっている。
上の階には本が置いてあって、物色してみたが良いものはなかった。児玉凜はエスカレーターで地下に降り、下の階も見て回った。
おもちゃがたくさんおいてあった。それと、少量だが服もあった。
色んなものがごちゃごちゃと置いてあり雑然としているのに、凜はその場に留まっていた。
「……あれ?」
蛍の光が流れている。閉店のようだが、見ると、すでに店内は薄暗い。
棚の隙間から覗き見るが、誰もいない。時計を見ると、夜の八時を過ぎていた。思ったよりも遅い時間になっていたことに驚く。
「すみません……」
誰ともなしに謝って、店を出ることにした。
エスカレーターが止まっていたので、流石に登る気にはならずに地下のドアから出る。やはり薄暗い。閉店時間を過ぎていたことにも驚いたけど、一緒にいた友達は何処に行ってしまったのだろう。
凜が下の階の奥まったところにいたから、気づかなかったのかもしれない。
見るとスマートフォンの充電も切れていた。とにかく友達を探そうと焦り始める。
駅ビルの地下は、もうどの店もシャッターが降りていた。
「おかしいな、警備員さんとか居てもいいのに」
だれもいない。
ぼやけた明かりだけを残したまま、ビルのなかは静まり返っている。
仕方がない、駅に向かおう。
そう思った時点で、凜は自分が迷子になっていることに気が付いた。
上の階に行けない。
このビル、こんなに広かったっけ。
こわい。一度そう思ってしまうと、認印を押されたように恐怖がせり上がって来る。凜はボーイッシュで、運動神経も良い。普段はハキハキとしているのに、実は幽霊や怪談の類が苦手だ。恥ずかしいので他人にはそんな顔を見せないが、一人だとどうしても腰が引けてしまう。
人の気配がしないビルはとても居心地が悪く、ずっと地下というのも気分が滅入った。降りているシャッターの色が、床が、煤けて見える。
いつもはもっと明るくて、小綺麗だったはずなのに。
そうこうしていると、広い通路に出た。左右に窓があって、仄暗く青い光がもれている。窓の外にはビルが望めた。
今度はやけに床が真新しいけど、最近出来た通路なんだろうか。
「……あ!」
奥に階段が見えた。やっと地下から抜けられると思い、凜は小走りになった。
少し息を切らしながら、カン、カンと硬質な音を立てて、階段を上る。
非常階段のようだった。手すりは冷たくもなく、温度を感じさせない。
半分まで上ると、階段の下から人の気配がした。
覗き込むと、そこには数人の女性がエレベーターの前に立っていた。薄暗いなかで、階を示す灯りがここからでも見えた。
エレベーターなんかあったんだ。気が付かなかった。
一瞬、そちらへ行こうかとも思ったけれど、凜は足を止めた。
白い帽子を被った女性は、同じ色のワンピースを着ている。ベージュのパーカーを着ている、ボーイッシュな女性。目が覚めるようなパステルピンクのシャツを着ている女性。顔は見えないが、全員が友人同士のようで、和気藹々と話している。エレベーターを待っているのだろうか。
――エレベーターのほうが安心かな。人もいるし……。
凜は立ち止まって考えた。
「このまま、階段を上ったほうが良いよ」
「わっ!」
背後から声がして、振り返ると見知らぬおじいさんがいた。髪はすべて真っ白で、顔にも年月が刻まれていたが、背筋が伸びていて姿勢が良かった。穏やかそうな目をしている。
「えっ、あ……」
「ここまで上ったんだから。急いだほうが良いよ」
「は、はい」
元々、あのグループの輪に近づきにくかったせいもあって、凜は素直に階段を上った。
後にして思うと――あのおじいさんもいきなり背後に現れて、不気味なのかもしれないけれど、その時は何故かそうは思わなかった。
カン、カン……
階段が長く感じる。ふと階下を見ると、先ほどの女性グループらしき人たちは、エレベーターの中に吸い込まれるように入っていった。
エレベーターからこぼれる明かりが、やけに眩しかった。目に痛いくらいに。
カン、カン……
なんか、この階段長くないか?
不安に感じて振り返ると、おじいさんが付いてきている。狭い階段をゆっくりと上っている。
「あっ」
目の前に、大きな円形の、白い発泡スチロールみたいなものが倒れていた。少なくとも、五、六本はある。階段を塞いでいて、上がれない。
「なにこれ……」
「緩衝材っていうんだよ。荷物を保護するやつだ」
おじいさんがそんな事を言った。
それにしては大きすぎる気がするけれど。私の身長くらいあるよ、これ。凜はそんなことを考えながら触れてみる。それだけで手のひらが水分が奪われそうに感じた。
「どければ良いよ」
凜は頷いて、その通りにした。おじいさんも一緒にどけてくれた。大きかったけれど、発泡スチロールなのでとても軽い。女子でも簡単に持ち上げることができる。階段の端に立てかけると、やっと人がひとり通れるくらいの隙間ができた。
凜はお礼を言うと、また一緒に階段を上る。
……なんでこんなところにあんなもの置きっぱなしにしてるんだろう、このビル。
カン、カン……
やっとドアまでたどり着いた。安心してドアノブを回すと、ガチャガチャという音と共に、硬質な抵抗感があった。
「開かない……うそぉ……」
せっかく登ってきたのに。凜が悲しい声を出すと、おじいさんがドアの上を指差した。
「あそこに窓があるよ」
「え、あそこから出るんですか?」
危ないよ。何を言ってるんだよ、このおじいさんは。
そう顔に出ていただろうに、おじいさんはドアの横にあった木の箱を手早く積み重ねた。「ほら。これで出ることが出来るよ」と、言葉と手の動きで凜に登るように促す。その時は何故そんなことをしたのだろうか。彼女は危ないと思いながらも、その木の箱に足をかけた。
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