あなたは私に向いてない

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あなたは私に向いてない

あなたは、何もわかってない。 私は誰よりも寂しがり屋で、 何よりも愛が欲しいのに。 あなたと一緒にいることが何よりも幸せで。 それを知っているのに、どうして 早く帰ってきてくれないの? どうして他の子と仲良くしたりするの…。 バレてないと思ってるかもしれないけど、 私、知ってるんだからね? だって、帰りが遅いときはいつも あなたの服のそこら中から知らない香りがする。 気持ち悪くて、それがツンと鼻を刺して痛い。 私はこんなにも、あなたのことが好きなのに、 あなたはそうじゃ、無いみたいだね。 もういい、我慢の限界。 もう離れてやるんだから。 私がいなくなって後悔すればいいよ。 彼がいない隙をみて私は家から逃げ出した。 荷物も持たず、ただ宛もなく走った。 できるだけ、遠くへ…。 初めて見る景色に胸がときめいた。 世界はこんなに広い。 きっと、私が私らしく生きられる場所が その道の向こうに待ってる、そう信じたくなる。 草花が風に気持ちよさそうに揺れる。 虫達はその一匹一匹が「私はここにいる」と 言わんばかりに元気よく鳴いて、 そんな当たり前だったはずの世界に なぜか涙が出そうになる。 あの家をでてしばらく経った。 ここは一体どこなんだろう。 私は、どこまで来てしまったのだろうか。 もう、あの家には帰れないのかな。 あなたも、もう、私を見つけられないのかな。 悔しいけれど考えるのはあの人のことばかりで。 どうしてこんな事になっちゃったんだろう? あなたがあのとき私を見つけてくれて、 あなたが私を必要としてくれて、 あなたと出会えて私はとてと幸せだった。 繰り返しの毎日をあなたと一緒に過ごす、 ただそれだけで幸せなはずだった。 あなたも同じ気持ちだと思ってた、それなのに。 私の何がいけなかったんだろう。 わがまま過ぎたのかな…? 行く場所もわからず知らない夜道を歩いていると、 前から怖そうな人達が歩いてきた。 そちらを見ないように歩いたけれど、 明らかにその人達は私をじっと見ている。 他に人の気配は無く、気持ち悪くなって 咄嗟に走って逃げると後ろから その人達が追いかけてくるのがわかった。 光が見えるところまで必死に走ろうとするのに 恐怖で足がもつれて上手く走れない。 息も続かなくなってきた。 後ろから足音がどんどん近づいてくる。 助けて、助けて… そのとき、とても眩しい光が私を照らした。 大きな何かがこちらに猛スピードで向かってくる。 あ、これって…。 恐怖で体が硬直して動けない。 本能的に死を覚悟した瞬間だった。 愛しい人声が私の名を呼んだ。 「チョコーーーーーーーーッ!!!!」 私の体は一瞬にして包まれると、 そのままグルグルと回転した。 しばらく回転して止まると、大好きなあの人の 体温、そして血の匂い。 彼の腕は私を抱きしめたまま動かない。 心配になって腕をペロペロと舐めると、 何かをボソッと呟いた。 意味はわからなかったけれど、 そこには確かな優しさと愛があった。 その声をもっと聞かせてほしい、 名前をもう一度呼んでほしい。 まさか、これで終わりなんかじゃないよね…? 家を出たこと、謝るから。 もっと良い子にするから。 これからも、ずっと、ずっとあなたの側にいたい。 だから…。 私は彼の腕をガブッと噛んだ。 「いってえええええぇ!!!!!」 良かった、いつもの反応だ。 また何かをボソボソと話すと 私を抱き上げて、ゆっくりと立ち上がった。 ねぇ、私がいなくなって心配した? 探してくれてたの? また、見つけてくれてありがとう。 やっぱりあなたじゃなきゃね、私の飼い主は。 私が空を見上げると、あなたも同じようにまた 空を見上げて優しい声で話しかけた。 多分、「綺麗な星だね」って言ってるんだと思う、 だって私もそう思ったから。 それか、「お腹すいた」かなぁ? それから数日後、私には妹ができた。 それは、あの人の帰りが遅いときにしてた 香りの正体でもあった。 最初は牙を剥き出しにして嫉妬したけれど、 この子もきっとあの場所から助けられたのだろう。 今では、私より一周り体が大きいけれど可愛い妹。 おかげで、もう寂しくない。 「チョコ、ミルク、ただいまー!!!!」 大好きなあの人の帰りを今日も二匹で迎えた。 ご飯を食べて、ソファの上であなた達に ぴっとりとひっついて、うとうと眠りにつく。 そんな当たり前の毎日がとっても幸せ。 たまにくれるご褒美のオヤツがあればもっと幸せ。 ときどき、遊びたい衝動に駆られて部屋を ぐちゃぐちゃにして怒られちゃうけど そんなことすら今は幸せに感じられるの。 …ただ、一つ文句を言うなら、 たまに連れてくる「カノジョノ、ユキ」 とか言う人間だけはまだあまり好きになれない。 あの人が私達以外にデレデレしてるのは 正直、気にいらない。 だけど、いつもたくさん遊んでくれるから、 仕方なく許してあげるわ。 もし私達にまた寂しい思いをさせたら… どうなるか、わかってるよね?
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