第三章 交錯する想い

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「明香先生っ」 「あ、ごめんなさい」 うっかり、水彩画の授業で使っていたプラスチックの水差しを片付ける際に、手が滑って落としてしまった。  生徒達が立ち上がって、床を雑巾で拭いてくれる。  「私がするので……」   「大丈夫ですよ」 「ねっ」 今日は、先日の大学生の二人組と主婦の方が数人習いにきてくれていた。 「先生、プロポーズでもされたの?」 「え?」 大学生の二人組の一人の、(れい)ちゃんがこちらをみてにこりと笑った。もう一人の由美(ゆみ)ちゃんが、 「何だか先生ぼーっとしてるし。ね、この間の先生の彼氏、すっごくかっこよかったもん、ドキドキしちゃった」  あ、そうだ、この子達が言ってる私の恋人は、この間、誕生日の日に迎えに来てくれた冬馬のことだ。  「あ、……えっと」 違うといえば済む話なのに、私は言えなかった。あの夜のことが頭をよぎる。 先生、真っ赤だよ、と二人はクスクスと笑いながら、また金曜日ね、と扉から出て行った。他の生徒さん達も続けて出て行く。 「また次回お待ちしていますね」 生徒さんを見送って、扉を閉めると溜息が一つ溢れた。 ーーーー今日、私は冬馬を初めて起こさなかった。冬馬の部屋のドアを開けた時には、冬馬は既に居なかったから。 朝から、冬馬の居ない空っぽの部屋の光景ばかりを思い出す。冬馬が家を出たら、もう、二度と会えないような、そんな気がして不安になった。 画材や鉛筆を鞄に仕舞い、ぼんやりと窓辺から沈むオレンジ色の夕陽を眺める。 何故だか、涙が出そうになるのは何でだろう。 それはきっと…… 「明香」   たまらなくなく聞きたかった声に、思わず振り返ると、冬馬が立っていた。
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