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「○○の秋」って聞くと、何が思い浮かぶだろうか?
おれは断然、「読書の秋」って言葉。もちろんおれのような読書家は、秋に限らずどの季節でも本を読んでいるのだけどね。
でも秋の読書っていうのは、どの季節よりも味わい深いものがあるよな。バカみたいに遊びまくった夏が過ぎ去ったってせいもあるのだろうか。なんとなくセンチメンタル気分に染まって、どっぷり自分の世界に浸かりたくなるんだ。その哲学者めいた世界の狭まりが、読書に使うセンサーにビシッとハマる。まるで鍵穴に鍵を差し込むみたいに。そうして、おれらはアナザーワールドにぶっ飛ぶんだ。
さて、秋には他に何がある?
芸術、スポーツ、食欲――有名どころは、こんなところかな。
でも、今年の秋、これら言葉に当てはまらない男がいた。そいつはらしくもなく顔を赤らめていったらしい。「秋は、恋愛の秋」ってね。ロマンチックにもほどがあるよな。だけど秋って季節を思えば、許せる気がしなくもない。
そいつは恋をした。狂おしいほどの想いを抱えた。その恋にはさまざまな障害があったけれど、そいつは乗り越えてやるとこの秋に誓った。ロミオとジュリエットがいい例。恋ってものは障害があればあるほど燃えるものだ。いったんついた火は、どんどん火力を強くしていく。はたから見たら、笑えるくらいに。
今回は、その笑える恋の話。
なるべく時間をとらせないようにするから、まあ聞いてくれ。
おれはその日、やることもなく、ランドマーク前でぼうっと突っ立っていた。シークレット・ガーデンの空は相変わらずの灰色だ。こんな街で育ったせいか、おれは「本当の青空」ってやつを見たことがない。だからたまに、外の街から来たやつに「灰色の空しか知らなくて悲しくないのかい?」と、質問されたりもする。それの返事はいつも「So What?」。だって、空が青だろうが灰色だろうが、おれらの何かが変わるわけではないじゃないか。
暇を持てあましすぎて、空を見上げるしかできない。欠伸を一つ漏らしていると、背中から誰かに飛びつかれた。背中に柔らかみのない胸の感触。ふわっと漂うのはストロベリーの香り。おれから零れたのは青色吐息。顔を見なくても誰かわかる。
幼なじみのユキノジョウだ。
「ユキノジョウ。いきなり飛びつくのやめてくれませんか?」
「いいじゃん、別に減るものないし」
そういってユキノジョウはわざわざおれの頬に顔を寄せてきた。春より伸びた髪が、おれの首筋をこちょこちょと撫でた。頬が緩んだのは、くすぐったいから。野郎に引っ付かれて喜ぶ趣味はない。
「ぼくのメンタルポイント的なものが減ります。マジで離れてくれませんか? ユキノジョウにくっつかれても嬉しくないです」
無理にひっぺ剥がすと、ユキノジョウは頬を膨らませた。纏うオーラの糖分は今日も胃もたれを起こしそうなくらい、絶好調。ユキノジョウのそういった仕草を見ると、なんだか物悲しくなってくる。
こいつは、どう見ても美少女にしか見えないという欠点(?)を持っているのだ。
見慣れているけれど、あんまりにも信じられなくて、ついまじまじと観察してしまう。今日のユキノジョウの服装は、前世紀に流行ったバンドのボーカルを真似たグランジファッションだ。貧乏臭いTシャツに、緑色のボロイカーディガン。下に合わせたパンツは、おれからパクッたダメージジーンズ。本人は男らしさを強調しているつもりかもしれないが、可愛らしさだけが目立ってしまっている。アヒルみたいな唇も、キュートという印象しかない。じろじろ見ていると、不思議そうに小首を傾げられた。狙ってやっているのか、疑問だ。食べちゃいたくなるって貶してやろうかな。
「ねえ、ヒーちゃん。暇そうだね」
きゃぴるんっとでも効果音がつきそうな様子で、ユキノジョウが上目遣いを送ってきた。嫌な予感。面倒事がやってくるぞと、心の声が聞こえる。
「マジ忙しいです」
「嘘だぁ、暇でしょ。ねえ、ねえ、暇でしょう」
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