秋風の狂想曲

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「無礼をいたしまして、申し訳ございません」  氷よりも冷たい、低い声。 「恐れ入りますが、私といたしましても、これ以上怪我人が出るのは悲しく存じます。これ以上続けても、不本意な結果になるかもしれません。まことに失礼かと存じますが、お逃げなさることをお勧めいたします」  それで充分だった。リーゼントはじっとセルバンテスを見たかと思うと、背中を向けた。一度振り返り、おれに向かって頷いてみせる。それにリーゼントの連れも続いた。 「また会おうぜ」  やつらの姿が完全に見えなくなるまで、おれらは動かなかった。ユキノジョウは頬を何かで切っていて少量の血を流していたし、おれの頭はひどく痛んでいた。やつらがいなくなって一分ばかり過ぎると、セルバンテスが「ご無事ですか?」と、おれの襟元を掴んだ。  それから、セルバンテスはおれの頬に思いっきり拳を入れた。驚いて駆け寄ろうとするユキノジョウの胸倉を掴み、今度はユキノジョウに平手打ちをする。  反射的に文句をいおうとして、でもおれは黙った。セルバンテスの目には冗談でもなく、涙が浮かんでいる。赤い目をして瞳を揺らすセルバンテスに、おれもユキノジョウも言葉を失ってしまった。 「お捜しいたしました……」  セルバンテスから漏れ出たのは、柔らかさをともなった声だった。 「ただ今の、これから申し上げますことの、無礼を、お許しください。私がいることで、ユキノジョウさまがたが、よろしくお思いなさらないことを存じております。お願いいたします、このようなことをなさらないでください。私が、失礼ながら尾行の真似事をするのは、お嬢さまが、よくないご影響をお受けなさるからではございません。私が願っているのは、お嬢さまのご無事だけではないのです。ユキノジョウさまがたがお傷つきになさるのは、悲しく存じます。お守りしたい、私の気持ちを、お許しください」  ユキノジョウは俯いた。おれは自分の頬に触れる。やつらに殴られた部分よりも、何よりもそこに熱が集まっているのがわかる。 「ごめんなさい」  おれとユキノジョウの声が重なった。セルバンテスがふっと疲れたような、笑ったような息をつく。それから、はっと表情を変えた。 「……お嬢さまは、どちらにございますか?」 「え?」  おれとユキノジョウは顔を見合わせる。キエロとハイドがセルバンテスを呼んでくれたわけではなかったのか。  だったら、どうしてセルバンテスは、最初にキエロがいないことに気づかなかったのだろう。  実はここからが本題。  キエロはおれらの特訓を受けて、セルバンテスに料理を振る舞った。献立はパエリアとおでんとお好み焼きとめちゃくちゃだったけれど、それはご愛嬌ってやつだ。  そのセルバンテスの誕生日会におれらも招待された。キエロの料理の腕前はどんなものか、それはいわないことにしておく。一ついえるのは、セルバンテスもユキノジョウもおれも、キエロの作った料理を完食したってことだ。まあ、こんなの参考意見にはならないよな。女の作った料理を、どんな味でもすべて食べきるのが男というものだから。  誕生日会のラストが近づくと、キエロに服の袖を引かれた。 「ちょっと、ヒツジコさんにハイドさん、こちらに来て」  にこにこしている。なんだろう。ユキノジョウはどうしたのかと聞くと、それはいいと返された。ワインを片手にふにゃふにゃしているユキノジョウの目を盗んで、部屋の外に出される。 「なんですか、いきなり」 「いいから、黙って聞いてなさいよ」  キエロは耳をドアに押しつけていた。部屋から出たのに、盗み聞きをしようとしている。同じようにすると、籠ったような声が耳に届いた。
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