秋風の狂想曲

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 逃げようとすると、ユキノジョウに腰を掴まれた。おれの足がたたらを踏む。見下ろすと、脇の下からユキノジョウが顔を覗かせた。逃げたら恨む。そんな気迫を感じる表情。 「ねえ、おれの話を聞いてよ。というか、聞けー!」  次の瞬間、おれの地面と空の位置が逆になっていた。かけられたのは、ジャーマン・スープレックス。後頭部から鈍い衝撃が駆け抜けていく。目の 前で交差する光と闇。きらきら光るまぶたの星よ。 「ねえ、ねえ、暇でしょう?」  ユキノジョウはストレスがたまると、ものを投げる癖がある。おれは呻き声混じりに返事をした。  ブチ切れないおれの心の広さを、讃えてほしい。  そのまま無理やり拉致られて、おれはユキノジョウの家に来ていた。部屋はものに溢れて散らかっている。典型的な男の部屋といったもの。床には無修正のポルノ雑誌。拾って捲ってみると、金髪白人女が大きな乳房を見せつけながら微笑んでいた。思わずチェンジと言いたくなる。他人の好みって、意味がわからないものだ。  おれはベッドに腰かけると、煙草に火をつけた。ユキノジョウはベッドに背を預けるように座っている。話を聞いてといったくせに、しばらく無言だった。ユキノジョウの隣りにハイドがいた。せっせとユキノジョウの髪を三つ編みにしている。三つ編みって、するだけでなんか清楚で純に見えてしまうものだ。無法地帯で育ったせいか、乱れた女ばかりしか関わらないせいで、こういうストレートなピュアっぽさにおれは弱い。まったく、単純な生き物。 「ハイド、何をやっているのですか?」 「これは三つ編みというもの。長髪を三つの束に分けて、装飾的に編みこんで作る髪型」  ハイドはちらりとおれを見る。やつはずぼらなのだけど手先は器用なようだ。きっちりと編みこまれた綺麗な三つ編みが、毛先近くまで続いている。機械だし、細かい作業はやはり得意なのだろうか?  ところで、ハイドはユキノジョウの同居人だ。実は人間ではなくて、フェイクヒューマンというロボットに近いものらしい。詳しいことはよくわからない。まあ、機械だってわかれば充分だろう。 「それはわかっています。なんでユキノジョウに三つ編みするんですか。せっかく女っぽいのから卒業しようとしてるのに」  ハイドは困っているようだった。それはわかっているけれど、と言いたげに唇を尖らせる。 「キエロに、言われた」  キエロ、と聞いて、ユキノジョウがしかめっ面になる。 「ユキノジョウはせっかく可愛いのに、女らしさの欠けらもない。そういうのはよくないので、なんとかしてあげてほしい、と」 「ユキノジョウは男ですよ」 「知っている。……が、キエロはユキノジョウの性別を女と思っているようだ」 「だからって、ハイドが合わせる必要もないでしょう」 「女のように扱わないと、キエロに叱られる。わたしはそれが恐ろしい」  こいつはガキか? 叱られることにびびっているなんて。 「そんなの、ユキノジョウが男だって教えればいいじゃないですか。っていうか、なんでまだ教えてないんですか?」  呆れておれは笑った。それはどうやら失敗だったようだ。感じたのは切り裂くような鋭い視線。ユキノジョウがこちらを睨んでいる。 「それができたら、苦労しないよ」  刺々しい口調。怒りが沸点に到達する五秒前というところ。おれは降参を示して、両手をあげた。切れかけたユキノジョウは、ヒステリックな女よりも恐ろしい。  しばらくユキノジョウはおれを睨んでいたが、急に眉を下げると頭を抱えだした。次に見せたのは、泣きだしそうに縋りつく瞳。 「ねえ、どうしておれはこんな顔に生まれちゃったんだろう! 目だって鼻だって女の子よりも女の子らしいの! おれは男だよ、女の子よりも可愛いなんていわれるのは嫌だよ! ああ、ヒーちゃんやハイドみたいな顔になりたかった!」
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