秋風の狂想曲

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 悲痛な声が室内に響く。美少女よりも美少女面した少年の、魂の叫び。  ジーザス、どうか笑わないでくれ。こいつはこれでも必死で、大真面目なんだ。  キエロとは、おれとユキノジョウよりも二つ年上の、外の街から来た少女だ。お金持ちの家出娘のようで、いつも執事らしき青年を連れている。ユキノジョウは今年の春に、キエロと知りあい、なんやかんやあって親しくなったようだ。おれも何回か遊んだことがある。ユキノジョウには劣るけれど華のある美少女だ。どんな性格かは、ノーコメントとしておく。  ユキノジョウはその少女にただ今片思い中だ。恋愛でいちばん楽しい時期にいるのは羨ましい限りだが、この恋にはちょっとした問題があった。本当にちょっとした、些細な、だけども重大すぎる問題だ。  キエロは外からやってきたせいで、ユキノジョウについてを知らなかった。そのせいか、ユキノジョウのことを可愛い可愛い女の子だと思っている。どうしてそうなった、と突っ込めないのが、ユキノジョウのユキノジョウらしさ。 「男だっていおう、いおうと思ってきたんだよ。でも、そのタイミングをことごとく外してさ、そうしたらいえなくなっちゃった。もう本当どうしたらいいのって感じ。『ユキノジョウ、レディは自分のことを「おれ」なんていっちゃ駄目よ』とかいわれたりするんだよ。助けてよって感じさ」  ユキノジョウなんて男性名なのだから気付いてもよさそうだよな、と口を挟もうとして、おれは黙った。なんたって、おれの名前はヒツジコだからだ。  それに横文字文化のやつからしたら日本人の名前なんて馴染みがないので、男性名か女性名かわからないのかもしれない。 「今からいえばいいじゃないですか。『今まで黙ってたけどさ、おれは男なんだ』って」 「ねえ、ヒーちゃんの立場だったらいえる? 確実怒られるし、嫌われるよ。女の子って嘘を許さないじゃないか。嘘をついてるわけじゃないし、あっちが勝手に勘違いしただけでも、『嘘つかれたー』って切れられるよ」  確かに、女ってそういうところがある。おれは実感をこめて頷いた。脳裏に過るのは、「嘘つき」と泣き喚く女たち。自分の泣き声で耳を塞いで、こっちの言い分を聞いてもくれなかった。その状況ほど困るものはない。たいていはそこから仲直りできなくて、関係が自然消滅してしまう。 「でも、ちゃんと教えないわけにはいかないじゃないですか。じゃなかったら、何も進展しませんよ?」 「口でいうのは簡単だよ。ねえ、ヒーちゃん。怒られない、嫌われない伝え方を一緒に考えてよ」  なんて無茶ぶり。俯いて頭を抱えるユキノジョウに、おれとハイドは顔を見合わせた。なんとかしてやりたい気持ちはある。なんたって幼なじみが弱っているんだからね。しかし、どうすればいいのだろう。  おれとユキノジョウとハイド。三人揃っているのに、解決策は何も浮かばない。誰だろうな、三人揃えば文殊の知恵なんていった大馬鹿野郎は。  凡人が三人揃って悩んでも、凡策すら浮かばないのが、現実だ。  一時間ほど唸ってみたが、もちろん良案は浮かばなかった。なのでおれらは、キエロの泊まるホテルに行くことにした。  悩んで一歩も進めない時の簡単な対処方法。何かの合図を待っているよりも、実際に動いてみるといい。思考が止まったままでも、事態が動くかもしれないじゃないか。期待を込めての行動だ。 「あら、いらっしゃい。三人が揃っているのは、珍しいわね」  おれらが顔を見せると、キエロは笑顔で歓迎してくれた。ユキノジョウとおれに同等の笑顔を送り、最後に目線はハイドで止まる。おれら二人には向けなかった甘さがそこにあった。そこに含まれる意味は、ユキノジョウが哀れなので説明しない。  ユキノジョウはそれに気づいているのかいないのか、だらしのない表情を浮かべていた。さっきの苦悩はどこに消えてしまったのだろう。恋すると人はアホになるものだ。おれも恋をしたら、ちょっとは日々が華やかになるのだろうか? なんて思う日もある。だけど、こんなアホ面晒している自分を想像すると吐き気がした。ラブストーリーはまだいいや。
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