秋風の狂想曲

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 キエロの泊まっているホテルは、この街で中流の位置に属するものだ。おれの部屋よりも広く、小奇麗に整っている。まん中に置いてあるでっかいソファも、おれのベッドよりも寝心地がよさそう。そこの中心に座っていたキエロは左に寄り、ソファを叩いてユキノジョウを座らせた。おれとハイドはテーブルを挟んだソファに座る。 「セルバンテス。お茶を用意して、ヒツジコさんはダージリンがお好みよ」  ソファに座ったままキエロは、右隣に控えていたセルバンテスに指示を送る。  セルバンテスというのは、キエロの執事らしき青年だ。こいつはどうやらおれとハイドを、お嬢さまにまとわりつく悪い虫だと思っているらしい。笑顔のまま、容赦ないガンを送ってくる。おれは手当たり次第食いつく獣ではないというのに。はっきりいって、傷つく。 「かしこまりました」  セルバンテスはユキノジョウにだけ、優しげな笑みを送る。キエロがそうなように、セルバンテスもユキノジョウを女だと思っている。本当のことを知ったら、こいつはどんな対応をするのか、少し気になった。やはり手の平を返して冷たくなるのだろうか。 「あとね、わたしはアールグレイがいいわ。昨日買ったクッキーがあるでしょう。それもお出しして」  キエロはどうやら、ただのお金持ちの家の娘というよりも、それなりに身分の高い家の娘なのだろう。ソファから動く気配がまるでなく、空気を吸うように注文をつける。しかもそれが嫌味にならない。女王さまの素質ありってやつだろうか。末恐ろしい女。  そのうえ、最後にキエロはこういった。 「用意ができたら、セルバンテスは下がりなさい」  セルバンテスの笑顔が固まった。何度か口を開きかけ、不服そうに承知を示す。声には出さなかったが、おれには何がいいたいのか伝わった。「お嬢さま、やつらと一緒にいるのは飢えた獣の前に飛び込むのと同じです」「私が見ていないと、こいつら何するかわかったものじゃありません」ってところ。  キエロは何を感じ取ったのか、セルバンテスにすべてを見通したような笑みを送る。楽しげであって、いたずらでも思いついたような、明るいものだ。セルバンテスはどこか残念そうに、お茶の準備を始めた。今の無言のやりとりには、何が含まれているのだろう。  キエロはむふふっと肩を揺らした。それから、手招きをして、おれらの顔を寄せさせる。 「あのね、実は頼みごとがあるの。セルバンテスには内緒で」  小声の相談。おれは部屋の隅でカップを並べるセルバンテスを見た。やつには内緒の頼みごと。  いったい、なんなんだろう。  セルバンテスが部屋を出ていくと、キエロは頼みごとについてを説明してくれた。  どうやらセルバンテスの誕生日が近いらしい。キエロはそのお祝いをしたいようだ。しかし、キエロは女なので男が喜ぶプレゼントというものがちっともわからない。その相談に乗ってほしいということだった。 「家では、そういうこと禁止されていたの。だから、今まで何もしたことないのよ。そんなの、もう嫌なの。今までできなかったぶんを含めて、盛大じゃなくてもいいから、お礼みたいなものをしたいのよ」  なんというか、心温まる話。ハイドが拍手をする。おれも、そういうサプライズは嫌いじゃない。ぱちぱち。  乗り気になったユキノジョウは、すでに指をくるくると回して具体的な案を考えているようだった。 「プレゼントね。記念に残って、なおかつ使えるようなものをあげるとか?」  だが、「これ」といったアイテムまでは口にしない。男だからこそ、男にプレゼントなんてあげないものだ。参考意見なんてぱっと思い浮かぶものじゃない。
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