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「でも、セルバンテスが喜ぶようなものってわからないのよ」
「キエロのプレゼントならば、何をあげても喜ぶのではないのだろうか。わたしは気持ちだけでも充分嬉しい」
気楽な様子のハイド。何をあげても喜ぶとしても、特別なプレゼントを贈りたいと思ってしまうのが人間ってやつなのに。
テーブルに肘をついてユキノジョウがいう。
「ねえ、定番のプレゼントって、まずは何?」
おれが答えに詰まっていると、ハイドがそれに答えた。
「わたしの情報によると、世話になった年上の男性に贈るものは、ネクタイ、靴下、酒、花など、あとは旅行のチケットなどが主流」
ユキノジョウがぽんっと手を叩いた。
「ねえ、だったら二人で旅行にでも行ったらどうかな?」
なかなかの案に思える。しかし、キエロは頷かなかった。
「そうしたら、いつもと同じじゃないの。それに……みんなで、何かしたいの。ユキノジョウ、たちと」
少しキエロは言い淀んだ。どうしてか、困るように視線を彷徨わせる。
「わたしにお友達ができたの、セルバンテスはとても喜んでくれたわ。だから、みんながいいのよ。みんなで考えたものをプレゼントしたいわ」
いつの間にか、キエロの紅茶がなくなっていた。ユキノジョウがポットから追加の紅茶を継ぎ足す。キエロは「ありがとう」とユキノジョウに笑みを送り、カップを手にした。ここでも自分で動こうとはしない。ユキノジョウすらセルバンテスのように使っている。やっぱり、キエロは女王さまの素質がある。それとも、ユキノジョウが尻に敷かれるタイプなのだろうか。
キエロの紅茶のカップを持つ指は、労働を知らない滑らかさがある。この街のガキではなかなか拝むことのできない、美しくほっそりした指。白くて汚れもなく、思わず触りたくなる肌理の細かさ。そのうち発光しだしそう。キエロはきっと、台所に立ったこともないのだろう。
そこで、おれはふと思いついた。
「……キエロって、食事はどうしているのですか?」
どうして今それを聞くのだろう、という感じでキエロがおれを見た。
「ここに来てからは外食が多いわね。家にいた時はコックがいたわ。それがどうしたのかしら?」
「セルバンテスはどうしているのですか?」
「自分の部屋でとってるわ。どこかから頼んだり、自分で作ることが多いんじゃないかしら」
なるほど。おれは紅茶を飲み干してから、頷いた。セルバンテスは立場上、キエロと共に食事をとることもないようだ。
「キエロが、料理をするっていうのはいかがでしょうか?」
キエロがびっくりした顔でおれを見る。
「わたし、お料理なんかできないわよ」
おれはポットから追加の紅茶を継ぎ足す。少しくらい時間が経っても、紅茶はまだ湯気をたてている。そこに砂糖をぶっこんだ。
「みんなで何かしたいんですよね。ぼくもユキノジョウもハイドも、基本的な料理なら作れます。だから教えますよ。そりゃ本格的なものは無理ですけど、さっきハイドがいったように、こういうものは気持ちでしょう。それにまだ時間もあるわけですから、練習しましょうよ。きっと喜びますよ」
キエロは不安そうだったが、すぐ明るく頷いた。膝を揃えて、ぺこりと頭を下げてくる。礼儀正しい女。
「よろしくお願いします。至らないところばかりかもしれないけれど、頑張るから、いろいろ教えてね」
そんなわけで、キエロに料理を仕込むことになった。ユキノジョウの問題はひとまず置いておくことにする。ユキノジョウは不満げだったが、「でもでもだって」しかいわないのだからほっとくしかない。
それにしても、相談の多い日だこと。
今日はとりあえず食材を買いだして、ユキノジョウの家で練習することにした。費用はキエロ持ちだ。教えるだけで一食分浮くのだから、ダブルでおいしい話。
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