秋風の狂想曲

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 まずは市場へ向かうために、キエロを連れてホテルを出る。キエロはこのゴミ街にえらく興味を引かれるようだ。ここに来てから二つの季節が過ぎ去ったというのに、まだきょろきょろとしている。肩には繊細な刺繍が施されたポシェットをかけているし、他人だったら無防備なカモだと思ったことだろう。 「今日はあそこでお祭りでもあるのかしら」  キエロはビルの間に潜む公園を見た。正方形の広場に、鉄製のベンチと申し訳程度の銀杏の木がある。そこには二十人ほどのガキの塊ができていた。右と左、二つに分かれて中心にぽっかりと空いたスペースに注目している。仲良く遊んでいるわけじゃないのは、すぐわかった。ギラギラとした凶暴なオーラをやつらは放っている。火花が散らないのがおかしいくらいの熱い空気。そこにかかる大音量の音楽は、古典的なヒップホップだ。  二つに分かれたグループは、ランドマークでよく見る顔と、まったく知らない顔だった。その中心に青年と見知らぬ赤毛のガキがいた。  青年はランドマークのダンサーのチームのボスだ。リズムから半歩遅れて見えないグルーヴを掴み、重力と無重力の間を行きかってるみたいなフットワークを繰り出す。ダンスに慣れていない目でも、クールなんだってわかった。ガキたちの熱を集めて、今にも爆発しそう。歓声があがる。 「みんなで仲良く踊っているのね、素敵だわ」  キエロの平和な感想におれは笑った。  あれは仲良く踊っているわけじゃない。いわゆるダンスバトルというものだ。ガキ同士の抗争は一度始まってしまうと、どちらかが滅ぶまで終わらない。節度というものをわかっていても、自分たちにだって止められないのだ。憎しみは憎しみを生み、流血はさらなる血を求める。でも、そんなの繰り返すのって馬鹿らしいよな。  そこで生み出されたのが、ラップやダンスのバトル。より歓声が大きいほうが勝者。まあ、平和的といえば平和的なのかもしれないが、一種の戦争でもある。  青年のターンが終わると、次は赤毛のターンが始まった。赤毛は青年フットワークを軽々コピーすると、手を地面についてくるくると回りだした。腕の筋肉で全身を支えているのだろうけど、手首も肘も軟体生物みたいに柔らかい。  おれが見ていることに気づいたのか、赤毛がにやりとした。こっちへ来いと誘うような、挑発的な笑み。一瞬、ドキッとした。 「ヒーちゃん、何見てるの、さっさと行くよ」  呼びかけられ、はっとする。いつの間にかユキノジョウたちと距離が離れていた。慌てて早足で駆け寄る。 「ヒツジコ、混ざりたかった?」  ハイドに突っ込まれた。背中に届く拍手と歓声が、おれの後ろ髪を引っ張ってくる。 「いいえ、別に。見ない顔がいたので、ちょっと気になっただけです。ところで、何を作るか、みんな考えていますか?」  ハイドが頷く。 「パエリアなどはどう?」 「パエリアってなんですか?」 「スペイン風炊き込みご飯、と考えていい。フライパンで米を炊く。おこげがおいしいと評判」  焦げた米って、どんな味をしているんだろう。詳しく聞こうとした時、視線を感じた。おれを見ている気はしない。振り返ろうとして、やめた。  ハイドがさりげなくおれの肩を叩く。 「……ヒツジコ。セルバンテスがつけてきている」  どうやら、おれたちと外出したことを心配して、セルバンテスがついてきたようだ。ユキノジョウとキエロは冗談をいいながら、二人してくすくす笑っている。  どうしてユキノジョウは、この街の出身のくせにこんなに呑気なのだろうか。そういえば、前も尾行に気づかなかったな、と頭を掻いた。 「後ろ、振り向かないでくださいね」  おれは二人に呼びかけた。 「セルバンテスがつけてきてます。まあ、心配なんでしょうね。お嬢さまを外に出しているのは」
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