秋風の狂想曲

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 リーゼントのそばには、ハイドに倒されたガキがいた。他に四人組が控えている。リーゼントは面白がっておれらを見ている。おれの連れなので、ハイドもユキノジョウもたいした実力はないと判断したのだろう。ガキの報復にやってきたというより、からかいにやってきたようだ。ついでにキエロをいただけたら、ラッキーくらいに思っているのかもしれない。いかにも舐めた目をしている。  引くわけにはいかなかった。ひったくり犯もいる。ただの喧嘩ならいいが、ここで一度舐められたら、キエロはこいつらのカモにされ続ける。おれがリーゼントにおもちゃみたいに扱われてるように。ここで戦わないわけにはいかなかった。  しかし、乱闘シーンはキエロには刺激が強すぎるようだった。本格的に始まってもいないのに、貧血を起こしかけている。キエロは爪を白くして、ぎゅっとハイドにしがみつく。  キエロには逃げてもらわなくてはならない。しかし一人でこの街をうろつくのは危険だ。だったら、二人で戦うしかない。 「ヒーちゃん、いくよ」  そう考えたのはユキノジョウも同じだったようだ。キエロをかばって一歩踏み出る。おれは立ち上がると、ハイドの胸を叩いた。 「ここはぼくらに任せて、キエロを連れて逃げてください。三、二、一、でいいですね」  相手は五人。戦力を失うのは痛いが、キエロにはハイドといるのがいちばん安全だ。  三、二、一で、キエロを抱えてハイドが走り去る。それが、本当の戦闘開始のサインだった。  同じ歳くらいの、黄色いキャップをつけているガキがおれに向かってくる。少しばかり速い右ストレートが迫ってくる。それは予告するように、わざとらしい動きだった。おれはつま先を鳴らして半回転した。キャップの顔には歪んだ笑みが浮かぶ。右はフェイントだ。すぐさま左が入る。紙一重で避けると、おれはキャップと距離を縮める。右で重心を取り、肘をキャップの腹に入れた。間髪入れずに、顎を狙って拳を突き出す。キャップが倒れると、おれは一歩引いて距離をとる。  この時おれは、不思議なことに、自分が喧嘩をしていると、あまり考えていなかった。ユキノジョウはどうした、とか、ハイドとキエロのことも思い出さなかった。じゃあ何を考えていたのかというと、行きに見たダンスバトルだ。あそこで踊っていた見知らぬ赤いガキの姿。こっちに来いよと誘うような瞳が、はっきりと浮かんでくる。おれはお嬢さまにお料理を教えてるようなガキではなく、あっち側で騒いでいるガキなのだろうか。それを思うと、いつの日か、おれはキエロやハイド、ユキノジョウとも離れる気がした。現在、おれはここにいるのに、遠い昔を振り返っている感覚が襲う。  なんで、殴りあいの最中に感傷的になったのか。それはきっと、おれはこのシーンを楽しんでいたのだ。今日一日で、たぶんいちばん。  次に二人目が突進してくる。それを避けると、そのまま二人目は片足一つでおれの目の前にやってきた。頭を殴られたが、たいして力は入っていなかった。ドレッドの足を蹴り、よろめいたところで鼻に掌底を打ち込む。しかし、リーゼントにその腕を捕まれた。おれの左耳にリーゼントの拳が入る。力を入れたり、耐える準備をする暇がなかった。右耳にまで衝撃が貫き、足が曲がった。屈んだところに、ドレッドが近づいてくる。おれは地面を踏みしめ、額をドレッドの鼻に突き上げた。嫌な音と、感覚が額から伝わる。何かで髪が濡れた気がした。それはよだれか鼻水か、血だったのか。  最後はリーゼントだ。間合いを取ろうとした時、声が聞こえた。 「ユキノジョウさま!」  振り向くと、影がおれの目の前を横切った。  セルバンテスだ。  ここでセルバンテスがやってくるなんて、キエロとハイドが呼んでくれたのだろうか。セルバンテスはユキノジョウと組みあっていたガキの腕を片手で掴むと、半回転するように体を捩じった。それだけで、ガキの体が宙を浮く。その動きはハイドのものとよく似ていた。起こったあとに何があったのか理解する、人間業とは思えないスピードの攻撃。
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