思い出パンチ

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「どうしたらいいのかわからないっていうほど、お前は何かしたのか? ただ追いかけてシカトされたから帰ってきただけだろう」  絆創膏をばちんと叩きつけるように貼りつけられる。何かをするって、聞いてもくれないのに? さっき、僕の前から消えようとしたヒーちゃんの背中だけがフラッシュバックする。胸がしくりと痛んだ。しくり、しくりって、アホみたいに痛んだ。  今や僕たちの間には見えない壁がある。  ヒーちゃんに逃げだされなくても、もう距離は離れているのだ。 「シカトされても土下座し続けるっていうのが、気持ちを伝えるってことだ」  そんなの、聞いてもくれないのにやるなんて、バカみたいじゃないか。 「男はダサいってわかっててもやらなきゃなんねえ時があんだよ。これはお前とあいつの喧嘩だろ。決着、つけてこい」  僕と、ヒーちゃんの喧嘩?  ぼんやりと僕はおとぉさんの顔を見る。僕と、ヒーちゃんの喧嘩。そうか。そうだった。これは僕とヒーちゃんの喧嘩だ。  単純な言葉だけど、僕の頭がぱっと晴れていくような気がする。応えてもらえなくても、どうでもいい。僕は僕のできることをやるだけだ。だって、ヒーちゃんもそうしてきた。  僕は溢れそうな涙をごしごし拭いて、立ち上がる。 「また行くのか?」 「うん」  僕が頷くと、おとぉさんも頷いた。 「どうせあいつは、ガード下あたりにいるんじゃねえのか? 溜まり場なんてそうそう限られてるんだからよ」 「わかった。あ、これちょっと持ってくね」  救急箱を持って僕はまた外に出ていく。今度はちゃんと勇気を持って。  バカみたいなことを、ヒーちゃんはやり続けてたんだ。僕だって、やらなくちゃいけない。  ヒーちゃんはガード下にいた。体を丸めて座っている。顔を伏せていたから寝ていたのだと思っていたけど、僕の足音を聞くなり顔を上げた。  逃げだすかと思ったけど、ヒーちゃんはまた顔を伏せただけだった。今更寝たふりをしだす。歩き回ったのはヒーちゃんも同じで、疲れているのかもしれない。 「ヒーちゃん。あの、ごめんね」  答えは返ってこない。僕はのろのろとそばにしゃがみこむと、ヒーちゃんの手をとった。そこはひっかき傷や擦り傷がある。抵抗はしてこない。しおれた毛布みたいにぐんにゃりとしているだけだ。僕はそこに消毒液をぶっかけて、ガーゼでぽんぽんと叩いた。砂や泥がガーゼにくっつく。 「こんな傷でもほっといたら、どうかするかもしれないんだよ」  腫れている箇所も消毒をして、湿布を貼りつけていく。目元もやられていたなと、無理に顔を上げさせると、ひねくれた瞳がこちらをじっと見ていた。お前なんかどうでもいいといいたげな視線にたじろぐが、僕はそらさずに見つめ返す。 「ごめんね。ヒーちゃんがどうでもよかったわけじゃないんだ。忘れちゃっただけで、どうでもよかったわけじゃない」  ヒーちゃんは目を閉じてしまった。もうお前を見たくないといわれているようで、僕は泣きそうになる。顔から手を離すと、また顔を伏せて体を丸める。 「でもおれは忘れちゃったし、捨てちゃったんだ。その、だから、取り戻したいと思ってる。駄目、かな?」  微かに、「バカじゃねえの」と聞こえた。 「バカ、だもん。でもヒーちゃんだって、バカだよ。おれが忘れてるっていうのに、ずっと守り続けて。バカだもん、ヒーちゃんの方が」  泣きださないように、僕はぎゅっと目を瞑る。首を何度も振って、もごもごと口を動かした。 「ごめんね、ヒーちゃん。いっぱい謝るよ」  ヒーちゃんの肌は冷たい。態度も冷たい。僕はのそっと立ち上がると、救急箱を置いて、代わりに角材を手にした。さっき、ヒーちゃんが持っていたものだ。 「だからまた忘れちゃったら、思い出させてね。何度も取り戻しに行くから」  そういって、僕はヒーちゃんから離れた。追ってくる気配はないけど、どうでもよかった。僕は僕の喧嘩をするだけだ。  ヒーちゃんのやばい時に手を貸すのは、僕の役割。たった一人でも、あいつらを倒しに行く。  公園に行くとあいつらはまだちゃんといた。僕は角材を握りしめて、浅い呼吸を整えようとする。怖い。すごく怖い。きっと負ける。絶対に負ける。でもやらなくちゃいけないんだ。
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