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「おい、お前ら、そこはおれの場所だよ」
僕はあいつらに大声を張り上げる。中の一人がこちらを見て、嫌らしい笑い声をあげた。
「なんだ、お前。昨日のガキの仲間か?」
「そうだよ。ここは、ヒーちゃんとおれの場所。お前ら、許さないんだからな!」
ぴしっと角材を突き付けて、僕は精一杯の虚勢を張ったが、足が震えていた。膝から倒れてしまいたい。ヒーちゃんはいつもこんな相手と戦っていたのだろうか。
「こんなメスガキ一人、特攻させるなんて、あいつもたいしたことないな」
あいつらの一人が、僕の姿を見て女だと思ったようだ。むっとする。僕を女に間違えたこともそうだけど、ヒーちゃんがバカにされたのもむかついた。
「おれは男だよ。どこ見てんだよ」
僕はその怒りにまかせて、あいつらに特攻していく。一発、二発でもいい、相手にダメージを与えて、それで……頭で考えるのは簡単だったけど、僕は相手に一発、肩に角材を当てられただけだった。次の攻撃する前に、頬を殴られてしまう。パーじゃない、思いっきり力の入ったグーだ。そのまま頭から地面に衝突する。星が目の前に浮かんだ。きらきらと、強烈で、ぐわんぐわんになるような流星が目の前を通り過ぎていく。手の平に擦り傷ができた。僕は歯を食いしばって、あいつらの攻撃から逃れようとする。
その時、あいつらの一人が体を吹っ飛ばして、地面に倒れた。続いて目に映ったのは、白い手の平。急いで僕はその手を掴むと、体を起こす。
そこにはヒーちゃんがいた。むすっとした顔で、僕から角材を奪い取る。
「仲間を助けに来たのか? おれらに負けたくせに、その弱いの一人増えたら勝てると思ってるのかよ」
ヒーちゃんに吹っ飛ばされた一人が、きんきんとした声を張り上げる。強襲にいったん腰が引けたようだが、相手がヒーちゃんとなるとすぐに強気を取り戻した。
ヒーちゃんは角材を振り回してにやりと笑ってみせる。
「残念だったな。おれはこいつがいると、攻撃力が通常の三倍になるんだ」
僕は目をぱちくりしたまま、ヒーちゃんを見上げている。
「ヒーちゃん、どうして来たの?」
そういうと、ふくれっ面したヒーちゃんにデコピンをされた。
「バカ。あんなこといって、一人でおれの武器持ってって、心配しないわけないだろう」
ヒーちゃんはにやりと笑った。
「それに、これはおれとお前の喧嘩だぜ。こんな楽しいこと、おれ抜きに開始すんじゃねえよ」
その台詞には僕も笑ってしまった。大笑いだ。
あいつらはナメられたと思ったのか、顔を真っ赤にして何か吠えていた。でも、僕はもう怖くなかった。だって、ヒーちゃんがいる。
こいつがいれば、たいていのことはどうでもよくなってしまうんだ。
その日は、僕らの勝ちだった。ボロボロになった体を地面に倒して、空を見上げる。まだ朝日には早い時間だけど、僕とヒーちゃんは倒れたまま朝日を待っている。ヒーちゃんは寝っ転がったまま、顔だけを僕に向ける。喧嘩の興奮で濡れた瞳が、キラキラと光っている。
「疲れた。ねえ、ヒーちゃんはいつもどうしてこんなことしてんだよ。バカじゃない」
僕は地面をぼふぼふと叩きながら、憎まれ口を叩いてやる。
「はぁー気分爽快じゃねえ? いやぁ、お前も喧嘩の魅力に気づいてくれて嬉しいよ。明日はもっとすごいところに喧嘩売りに行こうぜ」
「いや、気づいてないから」
ヒーちゃんは折角手当てをしてあげたのに、またボロボロになっていた。きっと僕もボロボロなのだろう。手には擦り傷と泥まみれだし。このまま帰ったら、さすがにおとぉさんの堪忍袋が切れるかもしれない。微妙に綺麗好きなのだ、あの人は。
「だったらさぁ、このまま家出して、おれといっしょに住もうぜ」
「えー、どうしようかなー」
僕とヒーちゃんは、あの日のように、やるはずもないことを計画する。夜空に僕とヒーちゃんの笑い声が響き渡る。こんな街でも、ガキはガキらしく無邪気にだってなれるもんだ。それは僕はヒーちゃんがいるし、ヒーちゃんは僕がいるから。
遠い昔……いや、近い昔の思い出。
僕らの思い出話。
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