思い出パンチ

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「親がいないくせに、何いってるんだよ」  ヒーちゃんは親がいない。僕もそうなのだけど、僕には育ての親くらいはいた。ヒーちゃんは誰もいない。家も何もないので、そこらで寝たりの、いわゆるストリートチルドレンであった。普通だったらそういうやつは、貧民街タイプになるのだけれど、ヒーちゃんはたまたま運がよかった。 「マジつまらない。なんかさあ、しようよ」  白い髪を掻き上げて、ヒーちゃんはぶうぶう文句をたれる。ヒーちゃんは髪が白いし、肌も白い。目はウサギみたいに真っ赤だ。風が吹いて、ヒーちゃんの白い髪が巻きあがった。通り過ぎた大人が、ちらっとヒーちゃんの髪に目を向ける。太陽にあたると、白が透けて陽光の黄金色になり、やたらと綺麗なのだ。なので、こうやって目を引いたりする。ヒーちゃんはそれに気づかない。僕が注目を浴びてると思って、その大人に向かって威嚇するみたいに歯を剥きだしにした。  ヒーちゃんはその色のせいでよく目立った。この僕ですらたまにどきっとするぐらい綺麗な色合いに見える。本人にそれを伝えると調子に乗るので僕の心に秘めていることだけど。しかし、この街で綺麗だったり、特殊だったりするものは、白いカラスみたいなもんだったりする。野生の世界ではそういうものは早くに食われたりするものだけど、ここは野生の世界に近い人間の世界でもあった。ヒーちゃんの色素の薄さは、それなりに利用価値があった。その利用価値についてはあとで話そう。 「ねえ、喧嘩じゃなくて、楽しいことしようよ」 「楽しいこと? ストリートファイトとか?」  言い方を変えただけで、喧嘩と同じ意味じゃないか。どうしてヒーちゃんは、危険な遊びに僕を巻き込もうとするのだろう。 「やだ、ヒーちゃんだけでやれば?」  そういうと、ヒーちゃんは頬を引きつらせた。『ヒーちゃん』という呼び方が嫌いなのだ。 「その呼び方変えねえ? マジ女みたいじゃん」  だから僕は繰り返してヒーちゃんと呼んでやる。ヒーちゃんは僕の女の子みたいな華奢を頻繁にからかってくるので、これは正当な仕返しだ。 「いいじゃん、ヒーちゃんって呼び方、可愛くて似合うよ」 「だからやめろっていうんだよ」  ヒーちゃんは僕に飛び掛ってくる。ヒーちゃんのタックルをするりと避けると、くすくす笑いでいってやった。 「ヒーちゃん。ヒーちゃん。ヒーちゃん」 「マジ、やめろってんだろ! くそ、女面、貧弱、おたんこなす!」  逃げ足の速い僕を、ヒーちゃんはなかなかとらえられない。ネズミと猫の追っかけっこみたいに路地を走り回る。舌を見せてあっかんべーして、ひょういひょい遊んでやった。  天気がいいんだから、喧嘩よりも、こうしている方がよっぽどいいよね。  ヒーちゃんと僕が出会ったのは、街の隅っこにある路地裏だった。例によって貧弱な僕は、そこらのガキたちに目をつけられて、追い詰められてしまった。  そこにヒーちゃんが通りかかったのだ。  ヒーちゃんはにやっとえらい意地悪い笑みを浮かべて、こちらにすたすたと歩いてきた。白い髪に赤い瞳。大人が着るようなサイズのパーカに、ズルズルのズボン。手には布をくしゃくしゃに丸めた塊を持っていた。  なんだろう。こいつらの仲間だろうか。そのくせにしては、僕をボコボコにしようとしていたガキよりも、ずいぶんと幼く見える。  ヒーちゃんは、僕を囲んでいたガキたちにいった。 「こいつ、おれがもらうぜ。だからあっち行けよ」  ガキたちが一瞬、呆気にとられたような顔つきをして、それから笑った。 「なんだ、お前、こいつの仲間か?」 「仲間じゃないよ。でもおれのなの。今決めた」  理由はよくわからないが、ヒーちゃんは僕を助けると決めたようだった。  ガキたちはここいらを縄張りにする凶暴なやつらだ。対するヒーちゃんは、細くて、目つきは少し悪いけれど、ちっこい体つきで、なんというか弱そうだ。きっと負けるだろうと、その時僕は思った。ということは、こいつの善意の分までボコボコにされるのだろうなぁ、嫌だなぁ、ありがたいけど迷惑だなぁと、覚悟を決めていると、ヒーちゃんはガキどもにひゅっと布の塊を投げつけた。ガキどもが布の塊を避ける間に、ヒーちゃんはナイフを取り出して、一人の首筋に近づける。  布の塊が、不吉な重さを持って、ぼすんとコンクリートに落ちた。 「どっか行けよ。文句があるならあとで聞くぜ。それとも、文句もいえなくしてやろうか?」  それで終わった。ガキたちは負け犬の遠吠えをしながら去っていく。なんだ。なんで、こんな弱そうなやつなのに。僕は驚きで目をぱちくりするしかない。パチンとナイフをしまって、ヒーちゃんはまた僕に笑いかける。
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