思い出パンチ

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「お前、可愛いな」  か、可愛い……?  僕は警戒した。ボコボコにされかけた原因は、華奢さによって女の子に間違われて、男だと伝えたら逆切れされたあとだった。そういえば、こいつ、さっきから「おれのもの」とかいってたような。 「あ、あのぉ。おれは、男なんだけど」  恐る恐る口にすると、ヒーちゃんはそれがなんだといいたげに頷く。 「知ってるよ。天使みたいに可愛い男がいるって噂に聞いたもん」  どんな噂だ。思わず僕は苦虫を噛み潰したような顔をしてしまうが、ヒーちゃんは特に気にしないように続ける。 「噂だし、どうせたいしたレベルでもないんだろうなって思った。でも、お前ってマジ可愛いよ。こんなんいわれて嬉しくないだろうけど、お前、マジ可愛い」  そっち系に目覚めた野郎なのだろうか。それはそれで困る。僕が苦笑いをしていると、ヒーちゃんは布の塊をを拾って、 「で、お前、今おれに助けてもらったよな。そのお礼、したくない?」  といった。  何をされるのだろうかと構えていると、ヒーちゃんは布の塊を投げてくる。僕は慌ててそれを胸に受け止めた。ぐにゃっとしたような、でも硬い、ゴムのような感触がする。しかも変な臭いもした。酸っぱいような痺れるような、夏の生ゴミの臭い。なんだろう、これ。  布を捲って、 「うぎゃあ!」  僕はすっとんきょうな声を上げた。死体――布に包まれていたのは赤ん坊だった、死体の!  なんで、こいつは死体を持ち歩いているんだ。弟とか、妹とか? それをどうして僕に投げてくるんだ。  気味悪さに落としそうになり、なんだか良心が咎めて受け止めて、しかし汚らわしさにやっぱり落としそうになる。腐って溶けてはいないけど、死体なんか抱いていたくない。だって、米粒をもっともっと小さく粒にしたような、小さな虫が、赤ん坊のふわふわの髪にびっしりと集まっている。ぶつぶつ。ぶつぶつ。うええ、体が痒くなってきた。  あたふたとしていると、ヒーちゃんが目を細めて僕を非難した。 「死体で遊ぶなよ、ひどいやつだな」  その死体を投げつけたやつが何をいうんだ。 「な、何、これ」 「お金稼ぐの、これから。で、お前と組んだらもっと稼げそうだなって思って」 「お金?」  ヒーちゃんはぽんっと僕の肩を叩いて、遊びに誘うように空を指さした。にやにやした笑いは、性格が悪そうであったが、面白いことがありそうな予感を覚えさせるものだ。 「そう、隣町に行こうぜ。あそこは金に余裕あるやつが多いから。そいつのレンタル料以上稼いで、それから遊ぼうぜ」 「レンタル料?」 「そう、お涙ちょうだいの基本は、ガキと動物だからな。それが死んでりゃなおよし」  僕は赤ん坊を返したかったけど、ヒーちゃんは受け取ってくれない。人間として死を悼む気持ちくらいあるので、僕は赤ん坊をそこらに捨てて帰るなどできなかった。  隣町に行くまでに、ヒーちゃんはこれから何をするのかを教えてくれた。僕たちはこれから物乞いをするらしい。そんなガキはたくさんいるので、誰よりも惨めさを出して同情を勝ち取らなくてはならない。それの演出のために、知り合いから赤ん坊の死体を借りてきたようだ。プラス、可愛い子供がいたらさらに同情をもらるだろう、との理由で僕を連れることに決めたようだ。  物乞いをしているガキは、話に聞いたことがあるが、実際に会うのは初めてだった。でも、こんなラフにやるものだろうか。っていうか、お金に余裕のあるやつだってバカじゃないんだから、そんな子供の浅知恵みたいなノリの演出に引っかかるかなぁ。 「ねえ、演出っていうけど、そんな演技みたいなことできないよ」 「いいんだよ。そのまま、嫌だなって顔で抱いてて」  僕が首を傾げていると、ヒーちゃんはからから笑って説明した。 「無理やり物乞いやらされているガキっていう設定も、お涙ちょうだいじゃないか」  神経腐ってる。こいつ、赤ん坊の死体も僕も、金のための道具くらいにしか思ってないんだろうな。素直に僕はヒーちゃんを軽蔑した。  今回限りで、こいつに関わらないようにしよう、と心に決めて。  もう関わりたくないと思っていたのだけど、それは無理な相談となった。何故かヒーちゃんは僕に懐いてきたのだ。
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