思い出パンチ

6/11
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「でも、母親に絶対似るなよ、主におれが気持ち悪いから」 「どういうこと?」 「もしこのまま順調に成長して、母親そっくりになるとしよう。十代ピチピチのお前が、その姿でおれの前に立つ。いくらお前とわかっていても、おれの淡い恋心という思い出が刺激されて、ついうっかりドキっとくるかもしれない。わかるか?」 「そりゃあ、主におとぉさんが気持ち悪いねえ」  僕は乾いた笑いを零した。そんな未来、想像したくもない。それはおとぉさんも同意見らしい。ナメクジでも食べたような顔で舌を出している。 「でも安心してよ。成長してるわけじゃないから。ただ歩き疲れただけだよ」 「歩き疲れた?」と、おとぉさんは眉を寄せる。「ガキのくせに疲れたとかぬかしてんじゃねえよ。貧弱だな」  貧弱なのは否定できない。でも、僕だって普段だったら街を歩いたくらいじゃ疲れない。 「そうだけど、ちょっと、ヒーちゃんを探しててさ」 「何、一緒じゃなかったのか?」  僕は曖昧に頷いた。おとぉさんは僕の足から手を離して、台所に行くとお湯でタオルを絞った。戻ってくると、それで僕の足の裏を包む。うん、気持ちいいけど、優しくされるのはまだ慣れていないので、少々薄気味悪い。 「お前らいっつも一緒にいるよなー。懐かしいわー、おれも昔はそういうダチいたよ。外出て、特に目的なく集まるの、自動的に。で、駄弁って、遊んで。今は生き残ってるのおれだけってオチだけどな」  そういっておとぉさんは「ぼん・ぼん・ぼぼぼん・ぼん」と、なんかの曲のベースラインを歌いだす。一人で回想シーンに入ったらしい、目を細めて、楽しそうだか切なげだかわからない表情を浮かべている。 「もうダチじゃないみたいだけどね」 「そうやって喧嘩したりしたよ。いやぁ、若いねえ、きみたち。おとぉさんも混ぜてほしいくらいだな」 「喧嘩……。喧嘩なのかな、勝手にすごく怒りだしたけど」 「っていうか、お前らどうしたわけ? おとぉさんに話してごらんよ」  年の功で解決してやるよ、と、おとぉさんは自分の胸を叩いてみせた。  僕は迷ったけど、今日あったことを説明する。いつも通りに騒いで、適当な理由で僕を危険な遊びに誘ってくるヒーちゃんが、今回は何故かマジ切れした。 「その公園に何かあるんだろ、単純じゃねえか」  おとぉさんは拍子抜けしたように口にする。もっとぐねぐねに絡まったトラブルを期待していたようだ。 「その単純なことが思い出せないんだ」 「お前とあいつの場所なんだろ、そこ」 「そういう設定になってるみたいだけど」  そういった喧嘩の口実は、今までにもよくあった。ヒーちゃんの中では、自分の場所は僕の場所でもあるらしい。前までは断っても、怒りだすことはなかった。 「何か素敵な思い出とかあるんじゃねえ? 初めてちゅーした場所とか」 「キモいこといわないでくれない。なんでおれらがそんなことするんだよ」 「お前とあいつがちゅーしたとか誰もいってねえよ。キモい想像してんのはどっちだよ」  くそ。これって「『いっぱい』の『い』を『お』にしてみて」というひっかけ問題に近いんじゃないのだろうか。むかついたので、空いている足でおとぉさんを蹴っ飛ばしてやる。おとぉさんはおおげさに吹っ飛んで、壁際で「痛い、ユキノジョウがいぢめる」と泣き真似をしだした。うざい大人だ。ヒーちゃんと変わりないじゃないか。  おとぉさんは僕がかまわないと、すぐに体勢を戻して、真剣に渋みのある顔に戻った。 「でさあ、お前、仲直りしたいわけ?」 「ううぅ……」  僕は唸ってしまう。改めて聞かれると、簡単に頷けない。ひねくれて、こういってしまう。 「このまま絶交って、おれの精神衛生上よくないし」 「うわぁ、絶交! 懐かしいキーワードだなこりゃ」  この人、もしかして、解決する気などなく、楽しんでないか? 「そんなことないよ。おれはユキノジョウの幸福を祈ってるよ」  僕の怒りを感じたのか、慌てておとぉさんは土下座をしだす。 「おれのおすすめは、殴りあいだな。河原でといいたいところだけど、このあたりはそんな場所ないし、とりあえず西側に橋の見える場所がいい。そこで夕日が見えるまで殴りあいだ。『お前のパンチ、きいたぜ』『お前のもなかなかすごかったぜ』と、オレンジの光の中語り合う。これ最強。真面目に一発解決できる男同士の最終兵器だ」  いつの時代の青春劇だよ。そこまでふざけた回答をされると、呆れた気持ちになってくる。 「仲直りかぁ」  ヒーちゃんと関わってから、何度目になるかわからないため息を零した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!