思い出パンチ

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「これ……ガラスだ」  ヒーちゃんが声を潜めていった。そこに散らばっていたのはガラスの破片だったのだ。どこかに捨てられていたものを集めたのだろうか。角は鋭利さを失い、表面は薄汚れている。拾い上げると、ガラスは輝くのを忘れたみたいに、ふっと光を失くした。手の平では、その神秘性を失ってしまうかのようだ。まるで、見つけたらドロンと消えてしまう、妖精だ。  だけど光に透かせると、どこまでも深く広く輝いていった。 「嘘。ガラスの破片って、こんなに綺麗だったんだ」 「どうして、こんなに綺麗なのに、誰も売らないんだろう」  ヒーちゃんは興奮で頬を紅潮させている。僕はもう一度ガラスを拾い、うんと頷いた。 「だって、近くで見たら、ただの汚い破片じゃないか。シーグラスだったらそのまま綺麗だけど、これはゴミだよ」 「ゴミ? こんな輝いているのに?」  朝日が高くなるにつれて、輝きはだんだんと薄まっていく。  本物の、始まりの朝日じゃないと輝けない決まりみたいだ。 「きっと、誰も知らないんだよ。こんなふうに輝くの、誰も知らないんだ」  ヒーちゃんと僕は、顔を見合わせた。これは誰かに知られたら、消えてしまうもののように感じていた。 「これ、とっておこうぜ」  僕とヒーちゃんはガラスの破片を拾い集めた。星屑を採取しているような気分になる。ゴミだけど、これは本当の星になる。夜に輝く星じゃない、朝日に輝く、僕たちだけの一等星だ。それを知っているのは、世界で僕とヒーちゃんしかいない。それが誇らしくて、秘密を持ったことが楽しくて仕方なかった。  でも、保管場所に困った。最初はビニール袋に集めて、僕の家に置いていたのだけど、おとぉさんがゴミだと決めつけて捨てようとしたのだ。  仕方がないので、その頃、ヒーちゃんがよく寝場所に使っている公園に隠すことにした。そこに埋めた。だけど、忘れないように、僕たちは秘密の共有の証として、一個だけ破片を持っていることにした。 「ここはおれの場所だけど、お前の場所にもしてやるよ」  ヒーちゃんは嬉しそうにいったものだ。 「ここはおれが死守する。お前はおれがやばくなったら、助けてくれればいいよ」 「でも、おれはヒーちゃんみたいに強くないから、ここを守れないかもしれない」 「確かに、お前ってすぐに絡まれてるもんな。よわっちく生きてるからだよ、もっとアグレッシブにやろうぜ」 「それも面倒だなぁ」  そうやって僕らは笑いあった。大切な宝物を地面に埋めて。  ずっとずっと昔の話だ。一年よりも、二年よりも、遠い昔。  ヒーちゃんは、あの時の約束を、ずっと守り続けてたのだろうか。喧嘩していたのも、ただ、あそこを守るためだけに。  僕はしょんぼりとうなだれた。いつの間にか夕食をテーブルに並べていたおとぉさんは僕の話を聞いて、大笑いする。 「年単位で前の話か。お前らにしちゃ、大昔には違いないか。忘れるかもしれねえな」 「だからって、そこまで怒るものかな」  だとしたら、ヒーちゃんはバカだ。大バカだ。今年いちばんのバカ大賞を楽々受賞できる。そんなことを、いつまでも覚えているなんて……僕は忘れていたのに。バカ、バカ、バカバカバカ! 軽い逆ギレを起こしながら、両手で顔を覆った。 「あいつはあいつなりに、お前の面倒よく見てたもんな。頼りねえお前を可愛がってさぁ。きっと飼い犬にシカトされた気分だったんじゃねえの?」  僕の面倒? どこがだと抗議したい。ヒーちゃんは僕を危険なことに巻き込むわ、金稼ぎの道具にするわ、嫌なことしかしなかったじゃないか。それが僕のためだって?  僕の不満に満ちた眼光をするりとスルーして、おとぉさんは真面目ぶった顔で箸を揺らした。 「だって、よわっちいお前に度胸試しにトラックかわしやらせてたし、無理に喧嘩に引き込んで勝たせたり、いろいろしてただろう。お前、あいつに関わる前より外での怪我が少なくなったじゃねえか。絡まれたりしなくなっただろう。あいつといるからってのもあんだろ」 「そんな……」 「それにお前はこの素晴らしきおとぉさんがいるけど、あいつは誰もいない。一緒に過ごしてる仲間がいたとしても腹の底から信用できない。生活関係なしに遊べるのは、純粋にお前だけだったんだろ」
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