アンドロイドの右手

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 学校からの帰り道に、AI搭載型アンドロイド野良猫のミケが、手首を咥えて塀の上をトコトコと歩いていた。   「あーーーっ!」  思わず上げてしまった大声に、隣を歩いていた勇一が、手に持っていたサイダーを溢し、ミケもビクリと毛を逆立てた。 「どうしたんだよ、歩夢。いきなり大声なんか出して」 「み、ミケが」  震える指でミケを指す。  何だよ。と勇一が僕を指差した方を見て固まる。  そして僕と同じように叫ぶ。 「げ、殺人事件じゃん!」 「ヤバイよね!」  自分が話題になっている事に気づいたのか、ミケが手首を咥えたまま逃げる体勢をとる。 「あ、逃げようとしてるよ!」 「任せろ。歩夢、カバンとジュース持ってろ」  勇一は僕に持っていたサイダーを手渡してからしゃがみこみ、足首についているダイヤルをキリキリと回し、あっという間に塀の上へジャンプして着地した。  そのまま動きに固まってしまっているミケの胴体を両手でガシッと掴み、勇一はヒラリと僕の隣に着地した。 「何回見ても凄いね」 「まあな」  僕たちが会話している間に、フリーズから解除されたミケが手首を咥えたままジタバタと暴れ始める。 「こら、ミケ! ペッ、ペッしなさい」 「おら、暴れるな」  勇一は僕にミケを持たせると、空いた手でミケの頭をポカリと叩いた。  ミケは手首を放し、ぐったりと動かなくなった。 「頭部に著しい衝撃が与えられました。只今回路のチェックをしています。しばらくお待ちください」  ミケの内部から声がする。 「大丈夫なのかな?」 「最近のアンドロイドはあれぐらいの衝撃じゃ壊れないだろ」  喋っている間にチェックが終わったのか、ミケが起きて暴れだした。 「ほらな」  勇一が手を放すとミケはヒラリと塀の上へと飛び乗り、手首の事なんか忘れてしまったかのように歩いていった。 「で、これどうする?」  地面に残された手首を足でチョンと触ると(さすがに手では触れないよ)、手首はいきなりビクンと跳ね、タイピングするかのようにカタカタと動き始めた。 「うわー、超ホラー!」  僕は思わず勇一の後ろに隠れた。 「ちげーよ歩夢、これアンドロイドだ」 死体じゃなくて良かったけど、これからの事を考えて二人でため息をついてしまった。  ここで少し説明をしよう。  僕の名前は藤堂歩夢。  明星中学に通う一年だ。  一緒に居たのは双見勇一。  ミケを見つけたのは勇一と帰っている途中だった。  さっきからアンドロイドの猫の話しをしているが、僕らにとっては日常的な光景なんだ。  5代前の総理大臣が発言した「なんか楽したくない?」とかいうフワッとした条令によって、アンドロイドの技術が爆発的に発展した。  今や簡単な仕事は全てアンドロイドに任せ、頭脳労働は人間の役目という分担までできている。  そして発展した技術により、アンドロイドの価格はぐっと下がった。  それはもう、一家に一台、いや一人に一台あってもいいぐらいのレベルで。  その為ミケのような野良アンドロイドが出てくるようになった。  捨てるのにもお金がかかるからだ。  ペット型の場合、高齢により面倒を見る人が亡くなった家の家族から捨てられたり、普通に飽きたからと町に捨てられたりする。  でも、うんちもせずにエサも食べないアンドロイド型ペットは迷惑にならないと、ほとんど放置されている。  僕がミケがアンドロイドだと気づいたのも、たまたまミケが捕まえたネズミをナイフとフォークで解体しようとしていたのを見てしまったからだ。  ……余程品のいい人に飼われていたのだろう。  心臓止まるかと思ったけど。  その内壊れて道端に転がったものは、町内のお掃除ロボットが処理してくれるのだ。  だけど、人型となるとそうは行かない。  アンドロイドには一体一体個体番号がついている上に、家の位置情報と住民番号を申請するため、捨ててもすぐにばれるのだ。 僕はまだ野良人型アンドロイドは見た事がない。  そして、もう1つ発展したのが肉体のパーツ化、つまり義体化だ。  ある日技術者達は気がついた。 アンドロイドにも使われている効率のいいパーツを人間が使えばもっと楽が出来るんじゃないか? と。 最初は医療現場から投入されていったが、値段も下がり最終的には、ちょっと不調になったら……いや不調にならなくても便利だし、変えればいい。という風潮になってしまった。  親からもらった体に傷をつけるのは……と躊躇していた老人(いや議員)達は、耳の義体化手術により音が若い頃のように聞こえるようになり、感動して何も言わなくなった。  しかも取り替え前のパーツは保存しておいてもいいし、そのままリサイクルに回せば割引適用される。  まあ持っていても仕方ないと売ってしまう人がほとんどだ。  なので、今では小学生の頃から貰えるお年玉を中学生まで貯めて、親に入学祝と共に一つパーツ化手術を受けるというのがトレンドである。  勇一は足を義体化している。  スポーツをしている人は取り替える人が多い。  しかし、1つのパーツを交換したところで使いこなせなければ意味がない。  いくら足が早くなっても、肺が強くなければ呼吸は続かない。  つまりバランスが問題であり、パーツ1つ突出していても意味がないのだ。  世界的な大会でもパーツの交換は1つまでと決まっている。  現実逃避終わり。 「で、これどうする?」  勇一の言葉を聞いていないのか、手首はうごうごと今も地面の上を動き回っている。  そもそも手首に思考回路があるかどうかも分からないけど。  僕は首を傾け、ちょっと考えながら答える。 「えっと、交番とゴミ箱、どっちに持っていけばいいかな?」 「やっぱ落とし物だから交番じゃねぇか?」 「だよねー」  すると手首はピタッと止まってから跳び跳ねて、僕のズボンの裾に捕まった。  まるで行きたくないとでも言うように。 「お、懐かれてるんじゃん」  からかうように勇一が言う。 「懐いてるの?今持ち主の元に返しに行くから」  いつの間にか腰の辺りにまで登ってきていた手首を捕まえ聞くと、手首が激しく震え始めた。 「なんか凄い嫌がってるぞ」  勇一は爆笑している。 「でも、このままにして置けないし、交番まで連れていくよ」  言うと心なしかシュンとしたように手首は項垂れるから、可哀想になったけど仕方ない。  僕たちは心を鬼にして、交番へと向かった。  交番に着くと、さっきまで暴れたりして元気だった手首はピタリと動かなくなってしまった。  仕方なく肩からはがし、両手で抱える。  バッテリーでも切れたかな? 「これ、拾いました」  手首を机の上に置くと、警察官はギョッとしたように後ろに下がった。 「殺人!? いや、アンドロイドか? 最近パーツで捨てれば問題ないと思ってか、不法投棄が多いんだよね。ゴミ箱にでも捨てておきなさい」 警察官はすぐに冷静さを取り戻し、体勢を戻した。 「え、捨てていいんですか?」 「いや、捨てるのは問題になるかもしれない。元あった場所に戻しておきなさい」 「猫が咥えていました」 正直に答えると警察官も困ったような顔をする。 「……って言ってもこれだけ持ってこられてもな」 「持ち主が困ってると思うんです」 「いや、新しいパーツ買ってるでしょ。ゴミだよ、ゴミ。さあ、持って帰って」  まさかの引き取り拒否をされてしまった。  手首を片手に交番から追い出された僕は思った。  ゴミを押し付けられた。  というかこれって普通にゴミ箱に捨てて平気なの?  僕まで不法投棄したとかで捕まらないよね?  僕が粗大ゴミとしてお金出して片付けるの?  困ったように勇一を見ると、勇一は目を反らして、わざとらしく大きな声を出す。 「あ、そういえば俺、この後用事があったの思い出したわ。ごめんな、歩夢。じゃあ」  片手をあげた勇一はダッシュで逃げていった。 「あ」  取り残された僕はあっという間に人混みに紛れていく勇一を見送る事しか出来なかった。  手首を見ると、交番で大人しくしていたのが嘘のようにまた動き始めて、今は僕の肩によじ登ろうとしている。  っていうか、どういう原理で飛んだり跳ねたりしているんだろう?  マジマジと見ようとした所で、周りからの視線に気がついてしまった。  みんな手首を見ている。  いや、これは違うんですよ、死体じゃないです、アンドロイドなんですよ!  と叫ぶ事も出来ず、とりあえず僕はカバンの中に入っていたコンビニの袋の中に手首を突っ込み、家へと帰る事にした。
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