アンドロイドの右手

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「ただいま」  帰ってくると、ちょうど執事アンドロイドのサイトーさんが買い物に出る所だった。 サイトーさんはいつもと同じシワ一つないシャツを着た隙のないナイスミドルである。  サイトーさんみたいな執事服を着たアンドロイドは町の中には結構溢れている。  メイド服を着ているアンドロイドも同じくらいいる。  みんなお手伝いロボットにはこういう服を着せたいのかな。  恥ずかしくないの?とサイトーさんに聞いたらいい笑顔で「一目でアンドロイドと分かって頂けるので、大変機能的でございます」と返された。  母さんの趣味じゃなかったんだよね。 「おかえりなさい、歩夢さん。私はこれから夕御飯の買い物に出掛けますが、何か必要なものなどございますか?」 「ないよ。今日の夕飯何?」 「本日はしょうが焼きになります」  じゃあ父さんは帰ってこなくて、母さんは早く帰ってくるのか。  父さんが帰ってくる時には夕食が魚になる事が多い。  特にお刺身。  外国では生のお魚が食べられないから、帰ってくると必ず食べるらしい。 「では、私は買い物にいってまいります」 「あ、サイトーさん。これってどうすればいいかな?」  手首がはいっているコンビニの袋を渡す。 「なんですか?」  サイトーさんは受け取り中を見て少し固まった。  そして、再起動してから、ため息をついた。 「坊っちゃん、どこでこんなもの拾ってきたんですか?私にこれを生ゴミと一緒に処分せよという事でしょうか?」 「ち、違うよ。これ人間のじゃなくてアンドロイドだって。っていうか、坊っちゃんって呼ばないでって言ってるじゃん」 「これは失礼。坊っちゃんは小さい頃から色々なものを拾ってきてはスミレ様を困らせて、私めが毎回処分を押し付けられてきましたので、つい呼び方が戻ってしまいました」 「また坊っちゃんって呼んだ」 「失礼いたしました、歩夢さん。冷蔵庫にプリンのご用意がございますので、拗ねるのはお止めください」 「……後で食べる」  サイトーさんが作るプリンは美味しいのだ。 それよりも、まずこの手首をどうにかしないと。 「で、これはどうすればいいの?」 「質問の意図が分かりませんが、処分するのであれば玄関に置いておいてください。粗大ゴミの業者に引き取らせます。もちろん業者を呼ぶお金は、歩夢さんのお小遣いから引かせてもらいます」 「えっ」  もちろんというようにサイトーさんはニッコリと笑う。 「い、いくらぐらいかかるのかな?」 「少々お待ちください」  サイトーさんは袋の中から手首を取りだし、しげしげと眺める。 「ああ、やっぱり。この手首の所を見てください。番号が書いてあるでしょう?これがこのアンドロイドの製品番号になりますので、ネットで調べれば簡単に分かると思います」 「ありがとう」  サイトーさんはまた手首を慎重に袋へと戻し、僕へと返す。 「それにしても、番号からして随分と最新型のアンドロイドですね。どんなアンドロイドなのか気になるので、分かりましたら私にも教えてください」 「うん、わかった」 「それでは行ってまいります」  サイトーさんはエコバッグを持ったまま直角にお辞儀をして、買い物にいってしまった。  僕はサイトーさんの言った通り、冷蔵庫に入っているプリンを取りだし、ついでに麦茶もグラスに入れて自分の部屋へと向かった。  パソコンを立ち上げている間にプリンを一口食べる。  んー、すげぇ旨い。  サイトーさん、やっぱりメッチャ料理上手いな。  立ち上がったから行儀悪くもスプーンをくわえたまま検索エンジンを立ち上げる。  あ、その前に。  僕はスプーンをプリンの入っていた皿に置いて、コンビニの袋の入ったままだった手首を取りだし、サイトーさんの教えてくれた製造番号の辺りを見る。 「えっと……87……」  僕がモタモタキーボードを打っている事に気付いた手首が、キーボードの上にピョコンと立ち、片手で器用に僕よりも早く入力を始めた。 「凄い、君って優秀なんだね」  思わずもれてしまった言葉を聞いたのか、手首は器用に二本の指で立ってからお辞儀をするように軽く曲げた。  そして、表示画面を見ろというように人指し指でモニターを指す。 「えーっと、何だって」  表示されたのは、何とも目に優しくないサイトで目を反らしたくなった。  トップページに現れたのは煌びやかな男のアンドロイドの紹介ページだった。  何と言うか、今抱かれたい男一位だと言われてもしっくりする程その顔は破壊力抜群だった。  もう芸術品と言ってもいいぐらい。  眩しすぎて目がくらみそうになる。 「これが君?」  信じられなくて手首に聞くと、そうだ。言うようにコツンとテーブルを1回叩く。  製造番号8729417805ES。  パートナー兼お手伝いアンドロイド。  最新型の機能を兼ね備えているので、貴女のどのような要望にも叶えられます。  凄い殺し文句だ。  値段も凄い。  七桁?八桁に届きそうなぐらいの高級品じゃん。  これは処分にもお金がかかりそうだな。 「えっと、処分の仕方は……カスタマーヘルプかな?」  カーソルを持っていこうとマウスを動かそうとすると、手首がマウスを動かそうとする僕の手をつかんで動かないようにする。  僕よりも手が大きい。  そんな所も完璧だなんて、貴女の理想のパートナーにもなれますと書かれてるだけある。 「いや、離してよ」  僕が言うと嫌というように僕の手を掴む力がギリギリと強くなった。 「痛い痛い、分かった、見ない、見ないから離してー」  言うとようやく手を離してくれる。  メッチャ痛かったな。  痛かった手を労るために残っていたプリンを食べる。  癒されるー。  僕の手を離した手首は逆さになって、コンコンと手首側を叩くと、コロンと白いものが1つ転がりでてきた。 「何これ、イヤホン?」  聞くと肯定するようにコツンと机を叩き、僕の耳を指差す。 「これ、はめればいいの?」  言われた通りに耳へとはめる。  すると、凄くクリアな音で声が聞こえた。 「ご主人様」
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