アンドロイドの右手

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 黙々とビールを飲んでいた母さんを放っておいてご飯を食べ終わると、サイトーさんがススッと僕の隣に来た。 「すみません、歩夢さん。本日で三日目になりますが守様がまだ来られていません。見に行っていただけますか?」 「うん、いいよ」  僕が了解すると、サイトーさんは用意してあった紙袋を僕に渡した。  中にはタッパーがぎっしりと入っている。 「では、よろしくお願いします」 「うん、行ってくる」  テーブルでくるくる回っていたレイゴが出掛ける僕に気付いたのか、跳んで僕の肩に捕まる。 『お出掛けですか?』 「うん、守さんの所に届け物」 『ついていっていいですか?』 「いいよ」  靴をトントンと履き、守さんの住んでいる部屋へと向かう。 『守さんって誰ですか?』 「下に住んでる人だよ?」 『どうやって知り合ったんですか?』 「それはね……」  守さんは二個下の部屋に住んでいる社会人?  研究者?  そんな感じの人だ。  半年ぐらい前にエレベーターが点検中だったから階段で自分の家まで帰る時に、行き倒れていたのが守さんだ。  死体かと思ってダッシュでサイトーさんを呼びにいった。 「さ、サイトーさん。何か階段で人が倒れてる!」  サイトーさんが見た所空腹と分かり、笑顔で首の付け根を叩き気付けをした。 「は、ここは」 「ここはマンションの二階の踊り場です。貴方はここで倒れていたんです」 「それは、すみません」 「また倒れては大変なんで、部屋までお送りします」 「ありがとうございます」  サイトーさんはヒョイと守さんを担ぎ部屋まで連れていく。  僕は面白そうだったから後ろをついていった。  ちなみに守さんの部屋は3階で、倒れていたのは二階の踊り場だった。  驚くほどに体力がないのだ。  守さんを部屋へと入れると守さんは申し訳なさそうに告げた。 「あの、申し訳ないのですが、部屋に食べる物が無くて買いに行こうとした所なんです。なので、何か食べるものを分けて貰えると助かるのですが」  この物に溢れた世界で行き倒れるだなんて。  僕が驚いているとサイトーさんはさっさと家から余っていた惣菜を持ってきて、食べさせた。  守さんは倒れるほど空腹だったせいか、あっという間に食べてしまった。 「助かったよ。仕事に夢中になるとよくあるんだよ。ありがとう」 「大丈夫だよ。大変だね」  社会人って大変なんだな。 「お礼って言ってもな。……ああ、そこのアンドロイド右腕に不具合が少し出ているだろう?」  サイトーさんは驚いたように目を見開く。 「m278型の部品が少し削れているだろう?もう販売停止になっている型だから部品の取り寄せが難しくなっているだろう。俺が手に入れてやるよ」 「それは、ありがたいですが」 「その代わりに定期的にご飯を差し入れてくれないか?」  そういって照れ臭そうに空っぽになった茶碗を掲げた。 回想終わり。 「という訳で、三日に一度守さんの様子を見に行かなきゃならないんだ」 「そうなんですね」 「守さん、藤堂でーす」  インターホンを切っている扉を強めにどんどん叩きながら言うと、中から色々な音を立てながら扉の方へと向かってくる。  そして、ガチャリと扉があいて、ボサボサ頭の守さんが出てきた。 「歩夢君?もう三日経ったの?」 「はい。サイトーさんに言われていつもの持ってきました」 「上がってく?って言いたいけど、今人を上げられる状態じゃないんだよね」  守さんがボサボサ頭を掻き回しながら告げる。  上がれない状態なのは見れば分かる。 「届け物に来ただけだからいいですよ」  紙袋を渡すと中を見て守さんは喜ぶ。 「サイトーのご飯旨いからな。あ、前回のタッパー用意してない。でも今は仕事がいい所で手が話せないんだ」 「今は何を作ってるの?」 「美少女型目覚まし時計。時間が来ると頬を殴り、罵りながら起こしてくれるってやつ」  相変わらず謎なものを作っている。  すると、レイゴが『私が明日受け取りに行きましょうか?』と言ってくれる。 「ほんと?」  思わず声を上げると不思議そうな顔で守さんが見る。  あ、そうか。  レイゴの声は僕にしか聞こえないのか。 「守さん、タッパーは明日レイゴが取りに行きますので」 「レイゴ?」  手のひらを広げると肩にのっていたレイゴが二本の指で器用に腕を伝って手の平へと乗った。  守さんが目を丸くしている。 「……驚いたな、口頭の指示が通るのか?」 「というより、AIが入っていて自分で考えて行動できるらしいです」 「こんな小さいのに凄いな。一度バラさせてくれない?」  ニヤリと笑いながら守さんが言うと、レイゴは慌てて肩まで戻っていって、僕の服にしがみついた。 「そんなに怯えなくてもいいじゃないか、優しくするよ」  守さんの手がワキワキと動いている。 「今日手に入れたばかりなので止めてください。バラしたらご飯もう持ってきませんよ」 「サイトーのご飯が無くなるのは困るな」 「それに、仕事途中じゃないんですか?」 「そうだ、それ所じゃなかった。とりあえずご飯ありがとうな」 「はい、ご飯食べてちゃんと休憩してくださいね」  挨拶をして守さんの家を後にする。  明日レイゴが行くって言ってたけど平気かな?  帰ってきたら細部までバラバラになってないよね?  僕は少し心配になった。
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