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まったく酔狂な話だ。1億をかけたサシ勝負だと?
個室に腰掛けながら、岩井はそう思っていた、と、手元のスマホに着信がきた、手下のケイタからだ。「種目はババ抜きか神経衰弱、でもイカサマって噂です」
ババ抜きで勝負? ふざけた野郎だ。
しかし手の内は割れた、十中八九ガンづけだろう。確実に勝てると考えている相手ほどハメやすいものはない、何か手はないか?
岩井はポケットを探った。チェックするふりをしてこちらもジョーカーに目印をつける、しかし手元にペンの類はなく、あるのは鍵と財布とスマホだけだ。
何か手があるはずだ。
逆転、それが自分の天命だ、岩井はそう考えている。
4年前にFラン大学を中退してビジネスをはじめたのも、平凡な人生に見切りをつけて逆転するためだ。アフィリエイトで小銭を稼ぎ、ノウハウをSNSで売りつけては手下を増やし、今では年に数千万を稼ぎ出すまでになった、俺は裏カジノでこさえた借金程度で終わるような男じゃない、考えろ考えろ考えろ。岩井は必死で自分を鼓舞して探していた。この裏カジノのオーナー、相羽とのサシ勝負に勝つための仕掛けを。
と、「用具の補充を忘れずに」という従業員向けであろう壁の張り紙が目についた。テープではなく小さなピンで留められている。
「どうでしょう? 決心つきましたか?」
「ありがたいお申し出なので、お受けします」と返す。
借金1億チャラか、それとも倍付け2億か、その勝負がはじまった。
「で、何をするんですか?」あえて尋ねた岩井に、相羽はもったいつけるように話し始める。
「そうですね、ディーラーが必要な勝負は避けましょう、まあ我々はイカサマなんてしませんけどね。疑われてしまうような事態は避けたいですから」
よく言うぜ、と口走りそうになる気持ちを収めて、岩井は先を促した。濃紺にピンストライプをあしらった細身のダブルスーツ、エドワードグリーンのキャップトゥ、時計はパネライ。慶応在学中に起業し、立て続けに2つのサービスを開発しバイアウト、俺とは真逆の華麗なる経歴。
「シンプルなゲームの方が、意外と面白い、たとえば」
これから大金を賭けようというのに、相羽の表情は余裕そのものだ、こいつを這い蹲らせたいという強烈な欲求が岩井の心を支配している。
「たとえばババ抜きなんてのも楽しいんですよ。億という金を積むとね」
「ババ抜きなんて、10年以上やってないな」あえて渋ってみせる。
「でも、ルールはご存じでしょう? 運じゃなく読み合いが勝負を決める、きっとバカラなんかよりも岩井さん本来の実力が発揮できますよ」
「カードはどうする?」岩井は先をうながす。
「カジノですから、封を切っていないものがたくさんあります」そういうと相羽は部下に合図を送り、カードの束を持ってこさせた。世界一有名なメーカー、バイスクル製、裏面には自転車に乗る天使の意匠。
「確認させてくれ」岩井はひとつ手に取り、入念に調べるふりをしながら手に忍ばせたピンでそっと穴を穿つ、バイスクルは一番下にジョーカーがある、その面の上下に微細な傷をつける。
「問題ない、はじめよう」岩井はガンづけしたパックを相手に渡す、チェックされたらいちゃもんをつけて帰ろう、だが相羽は何もせず封を切った。第一段階は成功。
「せっかくだから、もっと勝負を面白くしましょうよ」そう言うと相羽はカードをシャッフルし、1枚引くように岩井を促した。そしてその1枚を裏返しのまま横に置く。
「ジジ抜きってやつです。ババは1枚だけ少ないカード、見ただけではどれかわからない、これで最後まで熱い勝負が楽しめる」
岩井は絶句し、勝負を反故にしようと考えた、が、言い訳が思いつかない、下手なことを言ってジョーカーを吟味されても困るという思いがタイミングを失わせた。相羽はカードを配りはじめている。
「ルールはババ抜きと同じです、お互いカードを引き合い、ペアが出来たら捨て、先になくなった方が勝ち」
眼下に夜景が広がるタワーマンションの秘密カジノ、その奥で勝負は淡々と進んでいた。
相羽のカードはあと3枚。岩井は必死で観察する。目線、表情、手の動き、どこかに兆候が現れるはずだ。
こちらがカードをシャッフルしても相羽には迷いがなく、ある1枚を巧妙に避けている、ハートの4、岩井は確信していた。だが相羽に引かせる策がなければ敗北が決定する。
はじめに相羽が置いたジジの片割れ、おそらく4、あれを手元の札のどれかとすり替えれば、その片割れを持つはずの奴が一転してジジを持つ状態になる。ペアになった4は、適当に言い訳してしれっと捨ててしまえばいい、現場を押さえられなければ何とかなる。
部下の携帯が鳴り相羽が一瞬目を切った瞬間、岩井はそれを実行した。
やった、勝利を確信した瞬間、異様な手札に岩井は戦慄した。ここにあるはずのないジョーカー、上端に刻まれた小さな傷。
相羽は確かにその傷の部分を見つめ、静かに微笑みながら、真っ直ぐ岩井の持つジョーカーへと手を伸ばした。
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