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過去
束の間の晴れ間。俺は今日も車を出した。武道館ライブ前日で、佐々木さんにはしっかり休めと言われたが、家族の話だから仕方ない。でも、なるべく早く帰ろう。
車で一時間、閑静な住宅街に実家がある。至って普通の一軒家。家族も親父、お袋、俺、そして犬のムギという至って普通の家族構成だ。少し違う点は俺が芸能人、というくらいだろう。インターホンを鳴らすと、「はーい」とお袋の声とムギのワンっという鳴き声がした。
「詩音、おかえり」
「ただいま。ムギ、久しぶりだな」
名前の通り小麦色の犬で、中型犬のミックスだ。
ミックス犬ということもあってか、今年十五歳になるおじいちゃんワンコだが、まだまだ元気である。
「わふっ」
飛びついてくるムギを宥めながらリビングへあがった。
ソファーで新聞を読んでいた親父が無言で顔を上げる。口元は引き締まっていた。
「帰ったか」
「あぁ。ただいま」
「急に呼んですまんな」
「まぁ……夕方にはここを出るよ。明日は朝早いから」
「え、夜ご飯食べてかない?」
「遅くなるからやめておくよ」
「じゃあ、タッパーに入れとくわ」
「ありがとう」
表面的な、テンプレートのような会話。
普段だったら気にもとめないが、今日ばかりは違う。こんな会話を親父たちはしたくて呼んだわけではないだろう。
「お茶いれるわね。詩音、ソファ座ってて」
「いや、いい。それより……」
ソファに浅く腰かけると、対照的に親父は背もたれに寄りかかった。
お袋も何かを決意してような顔で俺の横に座る。
「お前に言ってなかったことがあってな……ずっと、怖くて言えなかった──お前は、詩音は十八年前のことを覚えているか?」
俺が小学校一年生だったころ。
当時のことはあまり記憶にない。一年生以前の記憶は俺の中ですっぽりと抜けている。思い出そうと試みても、霧のようなベールが隠している。
黙って首を振ると、「だよな……」と親父は独りごちた。
「十八年前、詩音には妹がいた」
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