ヒロインがラスボスだった場合の攻略法

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ヒロインがラスボスだった場合の攻略法

 真也が謹慎室のドアを開けると、目当ての人物は暗がりの中、ベッドの上に座っていた。寝間着らしい白い服を着ていたが、眠るつもりはなかったらしい。  遠くでかすかに、地響きのような音がしているのが気にかかったが、真也は花奈の方へとわずかに歩を進めた。 「真也君、どうしてここに来たの」  目が暗闇に慣れて、薄暗い室内でも、なんとか花奈の顔が分かる。 「伝えたいことがあるんだ」 「私に・・・・・・?」  花奈は立ち上がって、真也の元に歩いて来た。ずっと、戸惑ったような表情をしていた。 「俺が見てきたこと、感じてきたことを全部理解してもらうのは無理かもしれない。でも俺は、花奈が好きなんだ」 「・・・・・・」  花奈は困った顔で俯いた。 「初恋、なんだ。六年前に会った日から」  苦い沈黙が下りた。 「・・・・・・でも君は、白鳥雪絵(しらとりゆきえ)が好きなんだよね? 高校を休学した理由もそれなんだよね? あの人が死んだから、私に乗り換えたいの?」  彼女の口からその名前が出て来たことは、真也にとって全く思い掛けない展開だった。花奈が、真也が引き籠った理由を知っていたのも驚きだった。 「花奈は、白鳥のこと知ってるのか?」 「知ってるも何も、昔は施設に一緒に住んでた。ランクBのギフテッドだよ。六年前に施設を抜け出した時、私はあの人の姿を使ったの。あの人はもう施設から出て、普通の生活を送ってたから」 「え・・・・・・」  その所為で俺は、高校入学初日に白鳥に声を掛ける羽目になったのか。人違いだと気付いてからも、馴れ馴れしく話しかけられたりして面倒だった。自分は好かれているのだ、好かれるべきなのだという自信が滲み出ていて、それが自己評価の低い真也の(しゃく)に障った。 「でも、あの時俺に会ったのは花奈だろ。俺はあの日ランドセルを持ってた。俺と同じ小六だった白鳥が、俺のことを“お兄さん”なんて呼ぶ筈がない」 「・・・・・・」  花奈は黙り込んで、それから意を決したように口を開いた。 「私、真也君に話しておかないといけないことがある。・・・・・・一年半前、あの人が私に声を掛けてきたの。『職員用エリアに忍び込もう』って。ちょうど、人を殺したランクBの死体が解剖されて、臓器がそこに保存されてるんじゃないかって噂が立った時だった」  花奈は時折言葉を探すように、途切れ途切れに話した。 「私の能力で顔認証システムを突破できた。でも見つかった。職員と口論になって、あの人は頭を撃ち抜かれて死んだ」 *  その時の衝撃は、言葉では表すことができない。 『お前、何してんだ』 『煩い、こいつの《ホワイトノイズ》が発動したら、何をさせられるかわからないんだぞ』  震える銃を握りしめた男性は、激昂していた。隣の男性職員が必死で宥めていた。雪絵は、頭部から血を流し、その体はまだ痙攣(けいれん)していた。隣にいた花奈が撃たれなかったのは、ランクDで危険性が低かったからに過ぎない。  その後、あの場で起きたことを口外しないようきつく言われ、花奈は形だけが元通りの生活に戻った。心にどうしようもない不信感を抱えたまま。多分、GPI職員を全く信用しなくなったのはあの時からだ。 * 「色々なことを考えた。ゆき姉の能力で職員を洗脳してゲートを通れるなら、私を協力者に選ぶ理由は無かった気がした。自分が巻き込まれたような、被害者意識があった。そしてあの人が死んだとき、私は、心の底では嬉しかったんじゃないかと思った」  ぽつりぽつりと、言葉が吐き出された。 「・・・・・・どう? 真也君。この話を聞いた今でも、私のこと好き?」  花奈の声は震えていた。こんな酷い私を今すぐここで振ってほしい、と言われている気がした。 「好きだよ」  真也に迷いはなかった。 「俺も花奈に言わなくちゃいけないことがあるんだ。俺は、花奈を好きになって、でも花奈が死んでしまったから、時間を巻き戻してやり直したんだ。誰だって自分の大事な人が死んだら、生き返ってほしいと思うだろうけど、死んだ人間は戻って来ない。俺は能力でズルしたんだ。会いたかったから。どうしても会いたかったから」  真也は花奈の体を抱きしめた。無我夢中だった。やがて背中に、そろそろと腕が回されるのを感じた。 「うん、私も、会いたかった。初めて会った時から、ずっと君が好き。この気持ちは、嘘なんかじゃない」  真也は目を見開いた。心の中に、じわじわとした喜びが広がっていく。激しさはないけれど、とても温かいものだ。 「俺は、花奈の全部が好きだ。綺麗な所も、そうじゃない所も」 「・・・・・・うん」  閉じ込めていた腕を離すと、花奈は泣いていた。潤んだ瞳から、涙が頬を伝っていく。 「私は、私のままで、いいんだね。君を好きな私でも、いいんだね」  ぐらり、と床が揺れた。 「・・・・・・地震?」  真也と花奈は、辺りを見回した。部屋の壁に亀裂が入る。 「外に逃げた方が良いかも」 「そうだな」  二人は急いで部屋から出た。しばらく進むと、来るときに通った、廊下に設置されたゲートが歪んでいた。 「これ、出られるのか?」 「中から出る時は自動で開く筈なんだけど」  だが扉が動かない。振動で壊れたのだろうか。 「なんか、まずい状況なんじゃないか」  その時、真也の服からプルルル、と機械音が鳴り始めた。 「え」 「真也君、私のスマホ持ってる?」  真也がポケットからスマホを取り出すと、『丑久保 覚(うしくぼ さとる)』と表示されていた。  通話に出ると、切羽詰まった声が聞こえた。 〈状況はどう?〉 「覚、無事だったのか」 〈そっちこそ、花奈には会えた?〉 「ああ、電話代わる」  真也は花奈にスマホを手渡した。花奈は覚と二言三言会話すると、画面を弄った。すると、電話から離れていても声が聞こえるようになった。ハンズフリーの状態だ。 〈いい? その建物は一階から崩れかけてるから、早く脱出するんだ。他は全員前庭に避難してる〉 「でも、ゲートが開かないの」 〈分かった。それはこっちでなんとかする。職員通用口は開いてるから〉  覚はスマホを離したのか、しばらくガサガサとした音が聞こえていた。 〈狩野だ。話は聞いた〉  声が、成人男性に切り替わった。 〈犬塚兄弟の能力で、扉を壊す。今直ぐそこから反対方向に逃げて伏せろ。電話は切るなよ〉  遠くの方では、狩野と一緒に夜勤を務めていた事務職の女性が、非常時に備えて救急車を呼んでいるのが聞こえた。 「これ、上手くいくのかな」  冬真は腕を動かして周囲の空気を集めながら、不安を口にした。狩野の要求は、空気の砲身、空気の砲弾に加えて、その間に火薬代わりの酸素を詰めるという、無茶苦茶なものだったからだ。 「お前が作る物は、用途によって性質が違う。無意識に組成(そせい)をコントロールしているのだろう」 「意識したことない物を即興で作れと・・・・・・?」 「冬真、頑張れ。花奈と真也が危ないんだ」 「わかってるよぉ」  夏樹の応援を受けて、冬真は頭の中のイメージを形にし始めた。縁がぼんやりと光る青緑色の、素朴な形の大砲が出来上がった。 「カウントするぞ。3・2・1」 「《エアー・メタル》カノン!」 「《リム・ファイア》!」  大砲の底に、リング状の火の輪が出現する。着火された酸素は爆発的に燃えて、砲弾を発射した。空気で作られた弾は、遠くまで飛ぶと肉眼では見えない。しかし狙い通りに、ゲートのある場所の壁が破裂したのを見て、狩野は感嘆した。 (さすが、ランクBの《リム・ファイア》だ。《エアー・メタル》には無い推進力として十分機能する)  夏樹の《リム・ファイア》は、本人の温和な性格故にいまいちその破壊力を知られていないが、強さでは冬真の能力と同等とも言われる。劣っているのは、汎用性ぐらいだ。    衝撃と共に扉が斜め下から壁ごと壊れるのを、真也と花奈は伏せながら見つめていた。電話でカウントは聞こえたが、実際に圧倒的な力によって壊される(さま)を見ると、身が竦む。 「・・・・・・行こう」 「うん」  二人はまだ崩れずに残っていた床を伝って扉の向こうへ行き、階段を駆け下りた。 * 「〈なるほど、これが、あの子の出した結論なのか〉」  崩れかけた旧病院の屋上で、みどりは呟いた。強い風が吹くが、彼女の服を(なび)かせることすら出来ない。彼女は地球上に実存しないからだ。 「〈うん、実験の観察結果としては筋が通っているね。他の人も概ね結論が出たみたいだし〉」  みどりはフェンスの上に立ち上がった。  「〈貸した能力は回収しようか。この成果は、私が有意義に使ってあげる〉」  闇夜に手を差し伸べる。見えない何かが、彼女の元に集まっていた。 「〈願いに応えを、物語に結末を〉」  言葉だけを残して、彼女は闇に溶けた。 ◆  四月の暖かな空の下、真也はまだ新しい制服に身を包んで登校した。 「おはよう、真也君」  二年生の教室に入ると、花奈が手を振っていた。その机に向かい合うようにして、夏樹、美空、覚がいる。 「おはよう」 「兄ちゃん、おはよ~!」  真也の声を掻き消すようにして、教室のドアの所で、冬真がぶんぶんと手を振っていた。その様子は、尻尾を振って嬉しがる子犬に似ていた。 「おはよ、冬真」 「また昼にね!」  それだけ言って、冬真は文隆や朋子、凛と一緒に歩いて行った。一年生の教室は上の階にあるのだ。上機嫌の冬真とは対照的に、残りの三人は、毎日続くやりとりにうんざりだという表情をしていた。 「冬真、ちょっと性格変わったな」  夏樹は“弟”の変化を喜ぶように、目を細めた。 「学年が一つずれて、兄ちゃん呼びしても違和感無くなったからじゃない?」 「ああ、年齢からすると一緒の学年になる筈だったのね」  夏樹の両親が危惧していたのは、その問題も含まれていたのかもしれない。 「俺も今更高校二年生をやるとは思わなかったよ・・・・・・」 「私は真也君と一緒に勉強できるの、楽しいけどな」 「サンキュ・・・・・・」  真也のぼやきに、花奈がさらりと返した。  真也は、東高での一年生時の単位と、編入試験を受けて、西高の二年生になったのだった。東高に戻らなかったのは、ギフテッドの皆と同じ学校に行きたかったからだが、以前の真也を知る教師もいるから、どうにも気が進まなかったのも理由の一つだった。その真也の意志を周囲の大人達が尊重してくれたのは、僥倖(ぎょうこう)としか言えない。  新調した西高の制服に袖を通した時、真也は新しい自分に出会った気がした。自分はやり直せるし、別の場所にだって行ける。そう背中を押してもらえた気がした。 「・・・・・・睦は、残念だったな」 「あの能力、何か役に立ってたのかもね」  睦は元々血液系の病気で、頻回に輸血していたのだという。あの夜、全てのギフテッドの能力は消失し、睦も例外ではなかった。その後彼女は衰弱し、高校の門をくぐることもなく、静かに息を引き取った。南雲や有馬は、あの病気でこの歳まで生きられたのは奇跡だと言った。  ギフテッドの能力が消えたこと自体は、ささやかなニュースだった。しかし同時に、七十人のGPI職員と、十二人のギフテッドの死亡が公表されたことは、人々に少なくない衝撃を与えた。そのニュースすら、数ケ月も経つと風化していった。  キーン コーン カーン コーン・・・・・・  ホームルームを告げるチャイムが鳴った。 ◆  その週の土曜日、真也は花奈と駅前で待ち合わせしていた。 「お待たせ、真也君」  時間通りに来た花奈が駆けて来た。今日は、辛子(からし)色のワンピースに黒いカーディガンを着ていた。 「これ、誕生日プレゼント」  差し出された白い手提げ袋を受け取る。  「ありがとう」 「二人きりの時に渡したかったから、遅くなっちゃったけど。・・・・・・でも、四月生まれだと年上って感じだね」 「んー・・・・・・」  引き籠っていた分、他の人より勉強は遅れている。進路のことは、本当に慎重に考えないといけない。  真也は紙袋の中を覗いた。ピンク色の包装紙で包まれた薄い箱が入っていた。 「・・・・・・」  花奈を見ると、きらきらと目を輝かせている。その様子を見るに、中身は変な物ではないのだろう。ただ、誕生日プレゼントに適切な品物かどうかは不明だ。いや、ジェンダーレスが進んだこの時代に、包装紙の色だけで不安になってしまうのはどうかとも思うがしかし。  別にいいけど。いいけどさ。他にも選択肢はあっただろうに、何故この色をチョイスしたんだ。  様々な思考が頭の中を駆け巡ったが、それでも真也は、今ここで花奈の気分を害したくはなかったので、開きかけた口を噤んだ。  プレゼントを開けてから考えよう。でも、一般常識についてはまだ教えることが多いな、と真也は溜め息を吐いた。  それでも、出来ることからやっていくしかない。俺達にはまだ時間があるんだから。 了
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