星に願いを

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星に願いを

 その日少女は、母親と一緒に夜道を歩いていた。夜は好きだ。見たくないもの、見せたくないものを覆い隠してくれる。ふと空を見上げた彼女は、“それ”に気付いた。 「お母さん、緑のお星様だよ!」  少女が指差した先の夜空には、一際(ひときわ)輝く緑色の星があった。 「でも、あのお星様、段々大きくなるね・・・・・・?」  二〇××年七月七日、日本上空に、地球上の天文台がどこも予測できなかった、緑色に光る流星が、多くの人々に目撃された。非常に大型であり、燃え尽きずに隕石となって落下した可能性が考えられたが、その地点は結局分からず、人々はそれを、少しの不思議さを伴って“大落星(だいらくせい)”と呼んだ。 ◆  平凡な人生に、どれだけの意味があるだろう。  鷲尾(わしお)真也(しんや)は、自室のベッドに寝そべったまま、携帯型ゲーム機を弄っていた。画面の中では、デフォルメされたキャラがフィールドを駆け巡っている。  部屋の壁に備え付けられた本棚には、直木賞だか芥川賞だかを取ったようなベストセラー本が多く入っている。好きな作家はいないが、インターネットが苦手な彼にとって、本は数少ない娯楽だった。  閉じられたドアの向こうから、母親が声を掛けてきた。 「真也、おじさんが亡くなったから、母さん達葬儀に行ってくるね」  彼女が言っているのは、数日前から具合が悪かった遠方の親戚だ。 「・・・・・・一緒に行く?」  返事の代わりに、ティッシュ箱をドアに投げつけた。だん、と鈍い音がする。 「分かったわ。数日は帰って来れないから、ご飯は適当に食べてちょうだい」  ドアの外の気配が遠ざかっていった。  ふとした瞬間に、フラッシュバックのように何度も思い出すのは、一年半前の冬のことだ。亡くなったクラスメイトの葬儀に、クラスの全員が制服を着て出席した。真也も見よう見まねで焼香した。棺の蓋は閉まっていた。全員が神妙な顔をしているのがおかしかった。  葬儀場の外に出ると、みぞれ混じりの雪が降り始めていた。参列したクラスメイト達の数人はすすり泣いていた。自分にとっては喧しくて鬱陶しい人物だったのだが、他の生徒には多少の人望があったらしい。 『はは、は』  乾いた嗤いがせり上がってくる。真也は、自分の平凡な容姿と、取り柄のなさが心底嫌いだった。この、将来に希望の持てない狭苦しい社会で、何ができるというのだ。  結局人間は皆死ぬんだ。彼女は若い内に死んで、“特別”になった。  真也がゲームを終えたのは、正午を過ぎた頃だった。リビングに入ると、誰もいない。空腹を自覚して冷蔵庫を開けると、中には僅かな野菜が入っているだけだった。 「これで一体どうしろと」  独り呟いて、コンビニに弁当を買いに行くことに決めた。葬式に備えて食料を買い溜めしておくなどできるわけがないし、母親はレトルト食品などを好まないから、仕方ないことだった。  部屋着として来ていた黒いTシャツの上にカーキのジャケットを羽織って、真也は屋外へと踏み出した。  曇りの所為もあるのか、湿度の高い空気を吸い込みながら、俯いて歩く。まだ七月なのに、随分と暑い。ようやく辿り着いたコンビニは、家からは少し遠いが、知り合いに会わないのが気楽だった。涼むために、雑誌売り場で目に付いた漫画雑誌を取る。ぱらぱらとページを捲っていると、自動ドアが開いて四人組の男女が入って来た。びくり、と肩が跳ね上がる。入って来た人物を横目で確認してから、真也は安堵の息を吐き出した。  男子は白いワイシャツにブルーグレーのスラックス、女子はブルーグレーのセーラー服を着ていた。それぞれ臙脂(えんじ)色のネクタイとリボンをしている。西高の制服だった。四人は真也を気にも留めず、店の奥へと進んでいく。 「美空(みそら)、英語の長文で、最後の選択肢何にした?」 「4にした。3が引っ掛けよね」 「美空が言うなら、やっぱりそうだろうね」 「私これにしよ!」 「じゃあ俺はこっち」  西高は定期試験中らしかった。道理で平日の昼にコンビニに来るわけだと、真也は納得した。  四人は会計を済ませた後、会話しながら店を出て行った。アイスを買ったようだった。俺もそろそろ帰ろう、と真也は弁当の棚を品定めし始めた。 *  コンビニを出た後、駐車場で彼に出会ったのは全くの偶然だった。 「よお、お前ら、制服なんて着て何やってんの?」  彼らにとって旧知の仲の少年が、炎天下に立っていた。 「そっちこそ、制服も着ないで何やってるの?」  眼鏡の少年が言い返す。棘のある返事に、タンクトップのシャツを着た長髪の少年は片眉を上げた。 「(さとる)、ちょっと下がって」  黒い短髪の少年が、二人を仲裁するように前に出る。 「夏樹(なつき)も相変わらずだなぁ」  肩ほどの長さに雑に伸びた髪を、後ろで一括りにした少年は笑った。その足元の影がぐにゃりと曲がり、立ち上がる。 「ちょっと遊んでやろうか!」  影が伸びて槍のように尖り、四人へと勢いよく迫った。 *  真也がコンビニのドアを出ようとすると、猛烈な熱風が吹き込んできた。夏というより、もはや火事の如き温度だ。近くのアスファルトが熱を持ち、膨張して微かに波打っている。 「なんだ!?」  レジ打ちの老人も異変に気付き、慌てて駆け出してきた。  コンビニの駐車場で、先程の四人と、見知らぬ少年が対峙していた。その周囲に直径30cm程の炎の輪がいくつも舞い、地面から伸び上がった黒い影と睨み合うように動いている。 「・・・・・・」  炎の輪が一斉に長髪の少年の周りを取り囲み、互いに癒合し、大きな輪を形成する。 「お前の能力は、輪っかにするだけだろ。これでどうするんだ?」  少年は嘲笑する。 「逃げられなければいいのよ」  台詞と共に、焦げ茶色の髪の少女が、空から降ってきた。重力を利用して、華麗に蹴りを決める。 「夏樹ー、もう能力解いていいよー」  少女が叫ぶと、少年と少女を取り囲んでいた炎の輪が消失した。焼け焦げたアスファルトに降り立った少女の背には、機械のような構造の一対の突起が生えており、そこから鳥の羽のように純白の板が何枚も伸びていた。 「熱い!」  最も熱せられたアスファルトの上で、少女は跳ねた。靴を履いてですら地面に触れるのが嫌になったのか、そのまま羽を動かして飛び、少し離れた所にいた三人の下に戻ってきた。頭に蹴りが直撃した少年は、地面に倒れ伏していた。  その光景を、真也は驚愕と共に見ていた。同時に、確信があった。彼らこそ、“大落星”の後に出現されたとされる能力者達――ギフテッドなのだと。 「こりゃ、通報せんとな」  真也の隣にいたコンビニ店員も、事態を把握したようだった。 「おいお前ら、こっちに来い!」  老人が叫ぶと、四人は素直に走り寄ってきた。   通報を受けて駆け付けたGPI(Gifted Probation Institution)の職員は、気の弱そうな四十代くらいの男性だった。四人からざっと話を聞くと、彼はコンビニ店員と話し始めた。 「ギフテッドの管理は、お宅らの管轄なんだろ?」 「ええ、はい、その通りでして・・・・・・」  クーラーの効いた店内で、職員はコンビニ店員にぺこぺこと頭を下げた。その後ろには先程の四人組と、意識を取り戻した少年、そして職員が連れてきた別の少女が、ブスッとした表情で立っていた。 「店の前のアスファルト、どうしてくれるんだ。変形しちまって、あれじゃ舗装し直しだ。店長として言わせてもらうけどよ、費用払ってくれんのか」 「ええと・・・・・・予算が残っていれば可能です」 「てめぇ、舐めたこと言ってんじゃねぇ! 弁償しろ!」 「今は都合が付かないかもしれませんが、ちゃんとお支払いします」  店長が一方的に捲し立てていたが、職員も煽るような物言いをしなければいいのに、と真也は思わないでもなかった。 「・・・・・・じゃあ、こうしよう。そいつらを一週間、罰として俺の店で働かせる。給料は出さない」 「今回の騒動の原因となった一人については、規定上引き取って処分を受けさせたいので、それ以外の四人なら・・・・・・」  後ろにいた四人の顔が引き攣る。 「よし、交渉成立だ。俺ももう、ワンオペは疲れた」  店長と職員は幾つかの事項を確認すると、連絡先を取り交わした。 「ほら、早く来い」  職員がタンクトップの少年の腕を引っ張り、店の外へと歩いて行く。その後を、今来たばかりの少女が追った。腰まである長い髪の毛先がツンツンと跳ねていて、少し吊り目だった。 「お気の毒さま」  四人にそう言い残して、彼女もドアの向こうに消えていった。  残された四人の少年少女は、憤懣(ふんまん)やるかたないという表情をしていた。  「おうお前ら、働く時間は授業後にしてやったんだ。とっととシフト決めろ。一日二人でいい」  店長が呼び掛けると、彼らは顔を見合わせた。  そこまできて真也は、自分が全くの部外者であることに気付いた。まだ弁当も持ったままだ。そそくさと退散しようとすると、後ろから服を掴まれた。  振り返ると、一人の少女がいた。真也は初めて、彼女の顔をちゃんと見た。先程から彼女の髪の色にも気付いていたが、意識の外から締め出していた。 「お兄さん、私達を助けてくれない・・・・・・?」  プラチナブロンドの緩くウェーブした長い髪に、同じ色の睫毛が揺れる。瞳は、紫がかった赤色だ。けれど、白色人種ではなく、東洋系の顔立ちだ。  可愛い、と叫びそうになって、真也は寸前で食い止めた。つぶらな瞳と、愛らしい唇。一言で言うと、どストライクだった。 「私達、他にもバイトしてて、一週間こっちに来るの難しそうなの。だから、あなたにも手伝ってもらえないかなって」 「花奈(かな)!」  眼鏡の少年が咎めるように叫ぶ。 「・・・・・・いい、けど・・・・・・」  茹だった頭はまともに思考できず、口から零れ出たのは了承の言葉だった。 「・・・・・・ちょっと待って」  眼鏡の少年が、真也の肩を掴む。その両目が金色に光った。瞳が何かを読むように細かく動く。 「・・・・・・はあ、まあ、しょうがないか」  少年は肩から手を放した。やれやれ、と首を振る。彼も何かしらの能力があるんだろうか、と真也は思った。
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