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プロローグ
「なぁ、雪哉。朝倉さんの告白断ったってホントなのか?」
バスケ部としての練習が終わり、帰り支度を始めるメンバーを横目にボールの感触を確かめていると、親友の鷲野和樹が声を掛けてきた。萩原雪哉のボールを持つ手がぴたりと止まる。
長かった梅雨もようやく終わり、本格的な夏が始まったばかりの蒸し暑い放課後の事だった。
体育館は熱気でむんとした空気に包まれており、開け放した窓の外からはセミの声がけたたましく鳴り響いている。
もう夕刻だと言うのに一向に気温が下がる気配がない。時折吹いてくる風も生温く、じっとしているだけでも額に汗が滲んでくる。
「なんだ、もう和樹の耳にも入ったんだ。随分早いね」
雪哉は濡れて重くなったシャツの襟ぐりを引っ張ると、浮かんだ汗を拭いながら苦笑して言った。
「相変わらず涼しい顔しやがって……。学校中の噂になってるよ。あの朝倉さんだぜ? なんで断っちゃったんだよ」
「……なんでって……。好きになれないってわかってるのに、変に期待させちゃったら可哀そうだろ?」
朝倉さんがその可愛らしい容姿から男子の間で絶大な人気を誇っているのは雪哉も良く理解している。
でも、だからと言って相手の性格をよく知りもしないのに、顔だけで選ぶようなことはしたくなくて、つい先日お断りしたばかりだ。
雪哉は、詰め寄ってくる和樹から目を逸らすように視線を落とすと、手に持っていたボールをキュッと握り締めた。そのまま軽く2,3回ドリブルをして流れるような動きでシュートモーションに入る。
「まあ……雪哉の言いたい事、わからなくはないけどさ……」
不満そうな和樹の言葉を聞きながら放ったシュートは、綺麗な弧を描きながら一度バックボードに当たって小さく跳ねると、リング周りをクルクルと回ってからネットに吸い込まれていった。
「もしかして……まだ拓海にふられた事引きずってんの?」
「……っ」
和樹の一言に思わず息を飲む。心臓が大きく脈打った気がした。
動揺が指先に出てしまい、心を落ち着けようと放った2つ目のボールはゴールの縁に当たり弾かれて床に転げ落ちる。
しまった。と思ったが既に遅かった。
「図星かよ」
「……別に、そんなんじゃないし」
そう言って顔を背けると、床に転がっているボールを拾い上げ、呼吸を整えてからもう一度リングに向かって放り投げる。
だがしかし、またしてもゴールに嫌われてしまった。ガコンという音と共に跳ね返ってきたボールを再びキャッチする。こんな事くらいで集中力が途切れてしまうなんて我ながら情けない。自分の心の弱さに嫌気が差す。
「雪哉さー、いい加減忘れたらどうだよ? そりゃ、拓海とは幼馴染だし、今更諦められない気持ちはわかるけど……。いつまでも未練タラタラじゃみっともないぞ」
呆れたような口調を聞いた瞬間、思いっきり床にボールを叩きつけてしまった。ダンッと大きな音が響くと同時に辺り一帯に静寂が訪れる。
「……そんなこと……言われなくったって僕が一番、わかってるよ……」
俯いて、ようやく絞り出した言葉は掠れていた。眉間に深い皺が寄り、握りしめた拳は小さく震えている。
自分だって、拓海にフラれてからと言うもの、なんとか思いを断ち切ろうと努力はしてきたつもりだ。
だが、ずっと思い続けていた恋心が簡単に消えてくれるはずもなく、むしろ思いは募るばかりで息苦しい。
もう二度と拓海を傷つけたくないと思っているのに、恋人と楽しそうに笑い合っている姿を見ると腹の中にどす黒い感情が渦巻いていくのを感じて、最近ではあまり拓海の前ではうまく笑えなくなってしまっている。
和樹の言うことは間違ってはいない。確かにいつまでもこんな状態のままではいけないことも頭ではわかっているのに、どうしても気持ちがついていかないのだ。
「……ごめん、帰る」
これ以上ここに居たら余計なことを口にしてしまいそうな気がしたので慌てて踵を返す。
「ちょっ、雪哉っ!」
背後で和樹の声が聞こえたが振り返らなかった。今は一刻も早く一人になりたくて下駄箱で靴を履き替えると、雪哉はそのまま校門をくぐって外に出た。
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