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外はすっかり暗くなっており、街灯の明かりだけがぼんやりと道を照らし出している。
「……はぁ。何やってるんだろう僕……」
無意識のうちにため息が漏れる。
なんとなく、このまま家に戻りたくなくて、ふと足を止めた。
学校から少し行ったところにある広い公園は普段子供達の声で賑わっているが、今は流石にひっそりと静まり返っている。
昼間の雨で湿り気を帯びた生ぬるい風が頬を撫でる感触に不快感を感じつつ、雪哉はゆっくりと公園内に入っていった。
入り口を入ってすぐのところに設置されている自販機で炭酸飲料を買い、項垂れてベンチに腰掛ける。
何度目かの溜息を吐いて、手にしてしていたペットボトルを軽く揺する。まだほとんど口を付けていないそれはずしりと重い。もう一度溜息を吐くと雪哉は一口だけ飲んだ。
きつい炭酸がのどを潤す感覚に鼻の奥がツンとして目頭にじわりと涙が浮かぶ。
和樹にあんな態度を取るべきでは無かった。
あいつはただ心配してくれているだけだと言う事はわかっていたのに……。
和樹とは1年の時からの付き合いだ。明るくてお調子者で、何かあると直ぐに下ネタを振って来る。正直鬱陶しいと思う時もあるが、おせっかいで根は優しく良い奴なのだ。
「サイテーだな、僕……」
自分に余裕がないのはわかっていたが、親友にまで八つ当たりしてしまうなんて。
雪哉は再び大きく息を吐き出すと、ふと空を見上げた。
生温い風が木々の葉っぱを揺らし、乾いた音を立てながら通り過ぎていく。
視線の先には雲一つない真っ暗な闇が広がっていた。星も月もない、まるで自分の心の中のような漆黒の空間。
そう言えば、今日は雨も降らなさそうだからと、拓海の恋人である加治がドライブデートに誘っていた気がする。「誰が行くか!」なんて言っていたけれど満更でもなさそうな顔をしていたから、きっと今頃は何処かでお楽しみの最中かもしれない。
そんな二人を想像してしまい、闇よりも深い溜息が洩れた。片思いがこんなにも苦しいものだとは思わなかった。
拓海とは幼稚園からずっと一緒の幼馴染だ。昔から小さくて可愛くて、お人好しで流されやすく、危なっかしい。ずっと側に居て守ってやるつもりだったのに……。
ぽっと出の、加治と言う軽薄そうな教師が拓海をあっさりと攫って行ってしまった。
拓海が加治と二人でいるのを見るたびに、何とも言えないやるせない気持ちにさせられる。
二年になればクラス替えもあるから拓海とは少し距離を置こう。そしたら、自分の心に余裕が生まれるかもしれない。そう願っていたのにふたを開ければまた同じクラス。それに加えて担任まであの男だなんて! 蛇の生殺しもいいところだ。
プライベートでも側に居ることが多くなった二人は、見ないようにしようと思っていても勝手に視界に入って来るし、聞きたくない会話だって嫌でも耳にしないといけないわけで……。
自分にも加治のような積極さと多少の強引さがあれば拓海の気持ちを振り向かせることが出来ただろうか?
今まで培ってきた幼馴染と言うポジションを崩す勇気なんて何処にもなくて、二の足を踏んでいる間に他の男に奪われるなんて考えてみたこともなかった。
「……はぁ」
なんともやり切れない思いに駆られて、再び大きなため息を吐く。ふっと頭上に影が差し不意に上から声が降ってきた。
「萩、原……?」
聞きなれた声に驚いて雪哉はハッと顔を上げた。そこには近くにあるコンビニの袋をぶら下げたバスケ部の先輩、橘 千澄の姿。風呂から上がったばかりなのか髪の毛が濡れていて、頬にかかる前髪を掻き上げる仕草に妙な色気を感じた。Tシャツに短パン、サンダルと言ったラフな格好をしている所からみても、もしかしたら近所に住んでいるのかもしれない。
「橘先輩……」
正直、雪哉は橘が苦手だった。一個上だが、バスケ部で一番怖いともっぱらの評判で、口も悪ければ手も足も出て来る。
喧嘩早いかと言えばそう言うわけでは無く、ただ他人にも自分にも厳しいだけなのだが、怒りの沸点が何処かわからない為、どう接していいのか掴みづらい。
これまた面倒くさい人に会ってしまった。
「こんな所で何やってるんだ?」
「……ちょっと、休憩してただけです」
そう答えたものの、本当は落ち込んでいたので一人になりたくてこの公園に来たのだが、まさかこんなタイミングで会うとは。出来れば誰にも会いたくなかったのに。
だが、このまま無視して立ち去るのも不自然だし、かと言って上手い言い訳が思いつかない。
どうしようかと迷っていると、橘はベンチの空いたスペースにドカッと腰を下ろして、持っていたビニール袋の中から二股に分かれているアイスを取り出すとそれを二つに割って一本差し出してきた。
「食えよ」
「えっ?」
「一本やる」
一体どういうつもりなのだろう? いきなりの事に戸惑っていると、痺れを切らしたように強引に口の中へと突っ込まれた。
「むぐっ、あ、ありがとう……ございます」
冷んやりとした感触と共に、口の中に爽やかなカルピスの味が広がっていく。相変わらず強引で何を考えているのかいまいちよく分からない。
困惑しつつも礼を言うと、隣でガリッと氷を噛み砕く音がした。
「……そう言えばお前、朝倉みなみの事フったんだって?」
「……っ!」
まさか、こんな所で橘の口からその話題が出て来るとは思っていなかった。
そう言えば、さっき学校中の噂になっているとか和樹が言っていたような気がする。
あの時はそんなの大げさだろう? 位にしか思っていなかったが、もしかしたら和樹の言っていたことは本当だったのかもしれない。
「……まぁ、そんなところです」
「さすが難攻不落の萩原だな、朝倉でもダメなのかよ。ほんっとガードが堅いのな」
「……なんですか、それ?」
揶揄うような口調にムッとして横目で睨みつけると、橘はニヤリと笑って見せた。
「なにって、学校じゃ結構有名な話だぜ? 『萩原雪哉はどんな女も寄せ付けない』って。お前、中学の頃から告白してくる奴全部断ってるだろ」
「……」
確かに中学時代から何度か女子生徒から呼び出されてはいたが、興味が無かったので全て断っていた。中には勿論可愛い子もいたが、拓海以外の女と付き合いたいとは思えなかったし、拓海以外を好きになる自分が想像できなかったからだ。
まさか自分がそんな風に呼ばれるまでになっているなんて知らなかった。
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