山男には惚れるなよ

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山男には惚れるなよ

やさしさは思い出にしたはずなのに 夏の憂いは君が壊して 恋人と、別れた。特に理由はない。寝るときに手を繋いでくれなくなったとか、酒を飲むといびきをかくとか、最中に好きって言ってくれなくなったとか、そんな細かいことが理由じゃない。もちろん、この2か月全然連絡がないせいでイライラしてるわけでは断じてない。あっちは季節労働の山ガイドだし、今は夏で繁忙期だし、俺と同じように冷房の効かないオフィスで社畜をしてるどっかの隠れ山男が、必死でもぎ取った有給使ってあいつと楽しい時間を過ごしている(あいつにとっては仕事だ!)からと言って、責められる立場じゃない。それにしたって、どうして山に行ってる間は連絡くれなくなるんだよ。 「たっだいまぁ~、久しぶり!」 深夜、ベッドで寝ていた俺の上に何かがどさっとのしかかってきた。 「ふぁっ!?」 髭をそったばかりの恋人、いや元恋人の顔がそこにあった。 「何しに来た、もう別れたはずだ!」 「あ、何、また1人ですねて失恋ごっこしてんの。馬鹿だねぇ、そこもかわいいねぇ。ちょっとだけ空きができたから、テントはりに帰ってきちゃった!」 「うっせぇ! 親父臭いこと言ってんじゃねえ」 「え、どの辺が親父臭い? なーなー、教えてよ」 知ってるくせに、しれっとそんなこと言ってくるこの顔が憎い。俺の好みすぎて憎さ余って可愛さ百倍だ。真っ黒に日焼けしてるのも、眉がぼさぼさなのも、痛んだ髪も全部好き。俺の心をかき乱してまた山に戻るまでは、絶対に離さない。 (初出) Twitter 20220801
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