2人だけの結婚式

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2人だけの結婚式

 絢爛豪華なホテルでの創業記念パーティー。  有名なホテルを貸し切りで行われたそのパーティーに、孫会社である僕の勤め先も招待されていた。  社長の運転手としてそこへ連れて来られたが、そのまま中に連れ込まれてしまった。  普段よりいいスーツを身につけてはいたが、周りを見れば僕のスーツは安物だとすぐに分かる。場違いな雰囲気と蔑む視線、こそこそと耳障りな悪口。普段と変わりはしないがホテルのパーティーという限られた場所では僕は浮いた存在だ。  世界には6つの性が混在している。大半はβと呼ばれる男女だが、そのβに崇拝され、神格化されているα性。彼等は産まれながらのエリートで、容姿端麗だけでなく、頭脳明晰で社会の頂点に立ち、社会を動かしている。  そして、このαと対の存在がΩ性だ。社会の最下層に位置し、蔑まれる存在。  Ω性をさらに陥れているのは、3ヶ月に一度訪れる発情期だ。その間は強い性欲に支配され、それ以外の事はほぼできない。そのために要職に付くこともできない。社会的立場を弱くしているのは、これも原因のひとつだ。  発情期のフェロモンでαはもちろん、βさえも誘惑してしまうため、隔離される事もしばしばあるが、フェロモンで暴走したαやβに襲われる事故も多発している。しかし、大半の場合はΩに制裁が下される。  この事故でαに番契約されてしまった場合、最悪一方的に解除され、一生をこの発情期に苦しめられる事になる。番契約は一生に一度しがないΩ性から解放されるチャンスなのだ。  αは産まれてすぐに判別される。祝福され、エリートを確約され、その家族も恩恵を受ける。しかし、Ωはβとの判別が難しい。第二次成長期までには発情期を迎え、将来を暗闇へと落とされる。  僕が遅い発情期を迎えると母親の曾祖母がΩだったことを母が隠していた事が責められ、母は離縁された。  高校の卒業式を迎え、見送りに出た母はそのまま、マンションのベランダから身を投げた。僕は母親の残してくれた保険金と親戚から援助を受けてバイトをしながら大学を卒業したが、Ωの就職は難しく親戚のΩのパートナーのαの会社を紹介してもらい、管理課に勤めながら運転手の仕事もしている。僕はΩとしては恵まれている。 徐々に壁際へと寄り、ジュースの入ったストローグラスを片手にため息をついた。 一緒に来た社長は商談相手と談笑していて「頃合を見て帰れ」と言っていた。スピーチの途中で出て行くこともできず、その頃合を計りかねていた。 壁際に立って、しばらくしてから気がついた。少し先の窓が開いていることに。そこから庭に出られるようになっていた。 僕はそっとそこから会場を抜け出し、暗い外に出た。 会社の車は駐車場に停めてある。そこへ向かいながら急ぐ用事の無い僕はホテルの手入れのされた庭をゆっくりと歩いた。迷いながら行き着いたのはガーデンウエディングの会場。今日はホテルを貸しきりにしているので、そこは使われていない。 白い石畳のバージンロードが月明かりにボウッと浮かび上がり、幻想的な雰囲気を醸し出している。横に置かれた椅子は片付けられて、正面の机にはシートが掛けられていた。 僕はゆっくりとそこに足を踏み入れた。 バージンロードに足を進めた時、不意に、「おい。男はそこを歩かないんだぞ」と声を掛けられた。 誰もいないと思っていた僕は驚いて、振り返った。 「まぁ、その容姿じゃ歩いても問題無さそうだがな」 男はそう言いながら近づいて来た。 横に並んだ彼は僕より背が高い。 そして、フワリと甘い香りが僕を包んだ。 こんな香りは嗅いだことがない。不思議な甘い香に警戒感は起きず、初対面だというのに親近感さえ感じた。 「新郎の代わりに歩いてやろう」 「普通は新婦の父親です」 返事をすると、「まぁ、今時はなんでもいいんだよ」と笑った。 「それに、僕は女じゃない」 「いいんだよ」 また笑うと、腕を取って自分の腕に絡ませる。
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