秘めた恋

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秘めた恋

タイトルから想像されるのとは少しばかり違う内容になっています。 怖いのが苦手な方は少し様子を見てください。 怖いのがすごくすごく苦手な方は回れ右がいいかも知れません。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――  日曜日の昼下がり、僕は足取り軽くある場所へと向かう。  今日は週に一度の楽しみな楽しみな大切な日だ。    いわゆる「でえと」というやつさ、ふふん~  僕は鼻歌混じりに彼女の待つ場所へと急ぐ。  毎週末、日曜日の午後からはいつも一緒。  本当は毎日でも会いたい。  ずっとずっと彼女と一緒にいたい。  でもそうできないだけの理由がある。  なぜなら、 「秘めた恋」  だから。  週に一度、短い逢瀬(おうせ)で満足するしかない。  そうじゃなくて続けて会える時もあるが、それはまあカレンダーが特別な時だけ。  そんな時はうれしくてうれしくて、毎日彼女の元へと走っていく。  だがこれは「秘めた恋」だ。  他の人に気づかれないよう、心の中を沸き立たせながら、顔はあくまで冷静にクールに。  でも彼女は分かってくれる、僕の心を分かってくれる。    こんな関係になってからもう5年になる。  あの日から、ずっとずっと僕たちは深く深く結ばれて、もう永遠に離れることはない。  彼女と出会ったのはそれよりもっと前だったけど、最初のうちは冷たかったなあ……  だって彼女、僕のことをストーカーだ、なーんて怖がって。  そうじゃない、どれだけ僕が彼女を愛してるか。  必死で訴えても、全然受け入れてくれなかった。    それが5年前、とうとう僕の想いが成就する日がやってきたんだ!  今でも忘れない、あの感動的な日のことは……  彼女が仕事から帰る時、僕はいつものように後ろから彼女を見守りながら付いていった。  日本も決して安心な国とは言えなくなってしまったからね。  彼女が誰かに危害を加えられませんように。  そう祈りながらいつもいつも見守っていたんだ。  その日、町外れの少し静かな場所に来た時、彼女が振り返って僕を見た。  そう、彼女は気づいていてくれてたんだ!  感激した!  決して知ってもらおうと思ってやっていたことではなかった。  だけど、気がついてもらうとやっぱりうれしいもんだったよ。  そこで彼女が僕にこう言った。    ついてこないで!  警察に言います!  僕はびっくりして彼女に近寄り、誤解を解こうと必死だった。    誤解だ!  僕は君を守ろうとしてるだけ!  お願い信じて!  だけど彼女は(かたく)なだった。  僕が必死で頼むのに、同じことをただひたすら繰り返す。  やめて!  来ないで!  誰か!  助けて!  僕は彼女が叫ぶのをやめさせようとした。  ふと気づくと、彼女はやっと僕の腕の中に体を預けてくれていた。  うれしかったなあ……  ああ、やっと分かってくれた。  僕の気持ちが通じたんだ!  彼女は照れ屋さんでね。  僕がありがとうと言っても恥ずかしがって返事をしないんだ。  そうしてやっと気がついた。  彼女が死んでいることに。  僕はかなり焦ったよ。  だってそうだろ?  彼女が死んでしまったことを知られたら、きっとみんなに引き離される。  それで考えたんだ。    僕は当時建設現場で働いていた。  現場監督というやつだ。  建築関係の大学を出て、大手ゼネコンに勤めて、かなり大きな仕事を任されていた。  その翌日はその大きな仕事の大きな作業をする予定になっていた。  あるデパートの基礎工事。  基礎と言っても大きな大きな建物だ。  深く深く地中深くに打ち込んだチューブのような基礎にセメントを流し込む。  何本も何本も。  それをふと思い出した。  そうだ、彼女をあそこに隠してしまえばいい。  そうすれば誰も僕と彼女を引き離せなくなる。  いい考えだろ?  やっと僕たちは一つになれる。  僕は時間を稼ぐため、彼女のスマホから友人に、少し体調が悪くて仕事を休むと連絡をし、その後で電源を切っておいた。  これで一日は時間を稼げる。  彼女が見つからなくなるまで。  その日の深夜、こっそりと建築現場に彼女を連れて行き、その建物の真ん中の基礎の中に彼女をそっと入れた。もちろんスマホも一緒に。  そうして翌日、予定通りにセメントは次々に流し込まれ、彼女はその建物になった。  それが今向かっているデパートだ。    僕は毎週ここに来て、デパートになった彼女と二人で過ごす。  すごく楽しい。  幸せだ。    彼女の魂そのもののデパート。  どこに行っても彼女がいる。    あの後、警察が僕にも彼女の行方を知らないかと聞きに来たが、誰が言うものか。  それ以来彼女は誰にも見つかっていない。  彼女の行方を知るのは僕だけだ。  一階の化粧品売場を通る時、僕は思わずぞくぞくする。  彼女はとってもいい匂いがするんだよ。    二階の女性用の洋服売り場に行くと、どのマネキンも彼女なんだ。  僕は数え切れないほどの彼女に取り囲まれて、この上ない幸福を感じる。  三階は男性用の洋服売り場。  自分に服を当てながら、鏡の向こうの彼女に似合うかどうか聞いてみる。  彼女はどれもとても似合うとほめてくれる。  四階の文具や雑貨など色々なショップが入ってる階は、一緒に使う品物をじっくりと選ぶ。  もちろん、彼女の好みが最優先。  僕はいつも譲歩してしまうんだけど仕方ないよね、惚れた弱み。  そして疲れたら上階のレストラン階。  さあ、今日は何を食べようかな。  先週はじっくり和食を食べたから、今週はフレンチかイタリアン。  それか焼肉?   それともたまにはお好み焼きやたこ焼きはどうかな。    もうすぐ彼女が待っている。  デパートが見えてきた。  ああ、人には言えぬ恋だけど、僕は本当に本当に幸せだ。
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