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3
東京湾に掛かる大きな橋。東京ゲートブリッジを走行していく二人を乗せたバイク。
左右横に広がる広大な海。潮風が織江の金髪長い髪をたなびかせる。真っ青な空の下、太陽の光を浴びて鉄馬は加速し続けてゆく。
織江が高志の耳元で叫んだ。
「最高!」
そのまま二人を乗せたバイクは東京湾砂浜付近で停車し、高志と織江はバイクを降りた。
「私東京湾来たの生まれて初めて、こんなに広いんだ」
子供のような表情で目の前の広大な海に目を奪われる織江の姿。その横顔を横目で見ている現在の高志の姿。
「ちょっと歩こうか」
織江に手を引かれ二人は砂浜沿いを歩いた。粒子の細かい砂つぶが歩くたびにわずかに沈んでゆく。
大型貨物船が海の向こうには見える。汽笛を鳴らしながら雄大な海の上を進む大型貨物船。空にはかもめも飛んでいた。太陽の光を一斉に浴びて鳥達は優雅に大空を舞っていた。
不意に横を歩く高志に織江はこんなことを言った。
「私バイクの後ろに乗ったのこれが二回目なんだ」
そうなんだと頷いた高志。
小波が浅瀬へと打つつける。その横を濡れないように歩く二人の姿。
「ねえ」
高志は織江に向かい小さく言葉を発した。
「織江ってさ彼氏とかいたりするの?」
にんまりと微笑む二十七歳女の姿。
「いないよ」
安堵した表情を見せる高志。ホッと胸を撫で下ろす。事実として彼氏の有無を確認しておきたいだけだった。
織江が海を眺めこんなことを呟く。
「男女の関係ってさ、熱したフライパンに似ていると思わない? 強火で一気に熱するとアチアチになるけどさ、弱火にすると徐々に熱が冷めていく。火を消すとさらに熱は冷めていってさ、最後にはひんやりとした鉄の冷たさが残るの」
そうなんだと高志は思った。
「冷めたモノをまた熱するのにはさ、時間が必要だし、その分労力も必要、永遠に熱さられたフライパンなんて存在しないと思うの。ガス代が馬鹿にならないでしょ」
再びそうなんだと思った高志。
「ガス代としてお金で解決できるものならまだいいんだけどさ、男女の関係ってお金じゃ解決できないよね。高価なプレゼントにしたって、それは単なるモノなんだから。あとには何も残らないの。私はそう思うの」
手を握る男と女。手を握って海岸沿いを歩く男と女。
「私の弟バイク事故で亡くなったの。だからさ高志は死ぬようなことしないでね」
「バイク事故?」
高志の口からは思ったことが不意に漏れていた。
「うん、バイク事故。全身を強く打って呆気なく」
カモメの鳴く声が二人の耳には聞こえていた。
「バイクは最高。でも最低。両極端に存在するモノなの。生身の身体であの速度で疾走するんでしょ。事故ったら死ぬでしょ普通」
「……うん」
「だからさ、高志は安全運転心がけなよ、これからはメットもちゃんとかぶってさ、健全にバイクに乗った方が私はいいと思うな」
「うん、分かった、これからはそうするよ」
その言葉を聞いて、織江は高志と繋いだ手を離した。一瞬困惑する高志。
「安全運転心がけるって誓えるなら、今この場でキスしてあげる」
高志の心臓の鼓動が一気に高まった。ドキドキするこの感覚。同い年や同学年の女にはない年上女性の魔性の魅力。
胸の高鳴りを抑えて高志はこう言った。
「する。安全運転する」
織江が高志の肩に手をやる。徐々に近づく身体と身体。
——その瞬間。近づく唇と唇。
そのモノの柔らかさに。初めて経験するキスという行為に。十七歳少年の心は鷲掴みにされ、余韻を残すように唇と唇は離れていった。
照れ臭そうな顔をする織江。俯く表情をみせる高志。
「帰ろっか」
「うん」
止めてあったバイクにまたがる二人。メットなど存在しないこの場において、ひたすらに安全運転を心がけようと誓う高志。
エンジンを吹かし、ゆっくりな発進を心がけ、徐々にスピードを早めていく。法定速度をきちんと守り、追い越しなどもしない優良ドライバーを心がける。
来た道を舞い戻る二人の乗ったバイク。
東京ゲートブリッジを抜けた時にそれは感じた——高志は不意に妙な違和感を覚えた。
後ろに乗っていた織江は姿を消し、背中に当たる柔い感触もなくなっていた。
バイクのスピードを緩め路肩にバイクを停車させる高志。
瞬間的にいなくなった織江。いなくなった瞬間ですら気がつかなかった。
その瞬間全てを理解した高志——。
——私バイクの後ろに乗ったのこれが二回目なんだ。
「俺でバイクに乗るの二回目だもんなあ」
青空を見上げる高志。太陽の光が途端に眩しくて、目を細める十七歳の少年。
「熱したモノは一気に冷める場合もある。あんまりだよこれは」
空をひたすらに見上げ続ける高志。
あの笑った笑顔が妙に憎めない表情で。それでいて年上女の色気も醸し出していた。
高志はバイクにまたがりゆっくりなスピードで東京ゲートブリッジをあとにした。
「皆んな俺より先に死んでいく。残された身にもなれってんだ」
悪態をつく表情は十七歳少年特有の顔つきで。幼さの残る大人と子供の中間地点。
高志はバイクに乗りながらチッと舌打ちした。
了
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