1/1
前へ
/3ページ
次へ

 東京湾に掛かる大きな橋。東京ゲートブリッジを走行していく二人を乗せたバイク。  左右横に広がる広大な海。潮風が織江の金髪長い髪をたなびかせる。真っ青な空の下、太陽の光を浴びて鉄馬は加速し続けてゆく。  織江が高志の耳元で叫んだ。 「最高!」  そのまま二人を乗せたバイクは東京湾砂浜付近で停車し、高志と織江はバイクを降りた。 「私東京湾来たの生まれて初めて、こんなに広いんだ」  子供のような表情で目の前の広大な海に目を奪われる織江の姿。その横顔を横目で見ている現在の高志の姿。 「ちょっと歩こうか」 織江に手を引かれ二人は砂浜沿いを歩いた。粒子の細かい砂つぶが歩くたびにわずかに沈んでゆく。  大型貨物船が海の向こうには見える。汽笛を鳴らしながら雄大な海の上を進む大型貨物船。空にはかもめも飛んでいた。太陽の光を一斉に浴びて鳥達は優雅に大空を舞っていた。  不意に横を歩く高志に織江はこんなことを言った。 「私バイクの後ろに乗ったのこれが二回目なんだ」  そうなんだと頷いた高志。  小波が浅瀬へと打つつける。その横を濡れないように歩く二人の姿。 「ねえ」  高志は織江に向かい小さく言葉を発した。 「織江ってさ彼氏とかいたりするの?」  にんまりと微笑む二十七歳女の姿。 「いないよ」  安堵した表情を見せる高志。ホッと胸を撫で下ろす。事実として彼氏の有無を確認しておきたいだけだった。 織江が海を眺めこんなことを呟く。 「男女の関係ってさ、熱したフライパンに似ていると思わない? 強火で一気に熱するとアチアチになるけどさ、弱火にすると徐々に熱が冷めていく。火を消すとさらに熱は冷めていってさ、最後にはひんやりとした鉄の冷たさが残るの」  そうなんだと高志は思った。 「冷めたモノをまた熱するのにはさ、時間が必要だし、その分労力も必要、永遠に熱さられたフライパンなんて存在しないと思うの。ガス代が馬鹿にならないでしょ」 再びそうなんだと思った高志。 「ガス代としてお金で解決できるものならまだいいんだけどさ、男女の関係ってお金じゃ解決できないよね。高価なプレゼントにしたって、それは単なるモノなんだから。あとには何も残らないの。私はそう思うの」 手を握る男と女。手を握って海岸沿いを歩く男と女。 「私の弟バイク事故で亡くなったの。だからさ高志は死ぬようなことしないでね」 「バイク事故?」  高志の口からは思ったことが不意に漏れていた。 「うん、バイク事故。全身を強く打って呆気なく」  カモメの鳴く声が二人の耳には聞こえていた。 「バイクは最高。でも最低。両極端に存在するモノなの。生身の身体であの速度で疾走するんでしょ。事故ったら死ぬでしょ普通」 「……うん」 「だからさ、高志は安全運転心がけなよ、これからはメットもちゃんとかぶってさ、健全にバイクに乗った方が私はいいと思うな」 「うん、分かった、これからはそうするよ」  その言葉を聞いて、織江は高志と繋いだ手を離した。一瞬困惑する高志。 「安全運転心がけるって誓えるなら、今この場でキスしてあげる」  高志の心臓の鼓動が一気に高まった。ドキドキするこの感覚。同い年や同学年の女にはない年上女性の魔性の魅力。 胸の高鳴りを抑えて高志はこう言った。 「する。安全運転する」  織江が高志の肩に手をやる。徐々に近づく身体と身体。  ——その瞬間。近づく唇と唇。  そのモノの柔らかさに。初めて経験するキスという行為に。十七歳少年の心は鷲掴みにされ、余韻を残すように唇と唇は離れていった。  照れ臭そうな顔をする織江。俯く表情をみせる高志。 「帰ろっか」 「うん」  止めてあったバイクにまたがる二人。メットなど存在しないこの場において、ひたすらに安全運転を心がけようと誓う高志。  エンジンを吹かし、ゆっくりな発進を心がけ、徐々にスピードを早めていく。法定速度をきちんと守り、追い越しなどもしない優良ドライバーを心がける。  来た道を舞い戻る二人の乗ったバイク。  東京ゲートブリッジを抜けた時にそれは感じた——高志は不意に妙な違和感を覚えた。  後ろに乗っていた織江は姿を消し、背中に当たる柔い感触もなくなっていた。  バイクのスピードを緩め路肩にバイクを停車させる高志。  瞬間的にいなくなった織江。いなくなった瞬間ですら気がつかなかった。 その瞬間全てを理解した高志——。 ——私バイクの後ろに乗ったのこれが二回目なんだ。 「俺でバイクに乗るの二回目だもんなあ」 青空を見上げる高志。太陽の光が途端に眩しくて、目を細める十七歳の少年。 「熱したモノは一気に冷める場合もある。あんまりだよこれは」  空をひたすらに見上げ続ける高志。  あの笑った笑顔が妙に憎めない表情で。それでいて年上女の色気も醸し出していた。  高志はバイクにまたがりゆっくりなスピードで東京ゲートブリッジをあとにした。 「皆んな俺より先に死んでいく。残された身にもなれってんだ」  悪態をつく表情は十七歳少年特有の顔つきで。幼さの残る大人と子供の中間地点。  高志はバイクに乗りながらチッと舌打ちした。 了
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加