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「私?」
「そうだよ、お前山登りとか好きじゃん」
お前呼ばわりされたことに少しムッとするも、三宅の前なので口を噤む。しかしそれよりも、自分は別にスポーツができる人間だと思われたくなかった。
「それはほら、歩くのは好きだけどスポーツはちょっと」
「体動かすのは変わんないじゃん。翔太と一緒にやったら?」
「う、う~ん」
まるでいい考えだろ、と言わんばかりに満足そうな顔で言われ、有希子は答えを濁す。有希子は元来、団体競技というものが苦手なのだ。他人に迷惑をかけるかもしれないという思いがプレッシャーとなって、楽しいと思えない。それよりも自分のペースでじっくり向き合える、登山やマラソンといったものが好きなのだ。
それに同僚とはいえ、自分のいないところで他の男性と遊べと言ってしまえる孝夫が悲しい。信用されてると言えば聞こえはいいのだが、まるで有希子にもう興味がないと思われても仕方がないような発言に思えるのだ。もちろんそんな気は微塵もないけれど、世間的にはアウトだろう。
「それに、ダイエットにもなっていいじゃんか」
有希子の腹を眺めながら、孝夫がニヤニヤ笑いながら言う。確かに有希子は痩せてはいない。しかし頬や輪郭のせいでふくよかに見えるが、ダイエットが必要なほどではなかった。
孝夫は冗談だと思って言っているのだろうが、言われている有希子からすれば不愉快極まりない。先ほどのお前呼びと一緒に散々やめてほしいと言っているのだが、結婚してもう三年目なので慣れが出始めているのだろう。
石を飲み込んだように胃が重くなるのを感じながら、有希子は調理を再開する。きっとこの気持ちも、孝夫は理解してくれないのだろう。そんなことを考えている背中に、庇うように三宅の言葉が投げかけられた。
「そうですか? 有希子さんにダイエットなんて必要ないくらい綺麗だと思いますけど」
お世辞だとわかっていても、有希子は嬉しくなる。綺麗だと言われるのは少し気恥しいが、やはり褒められて悪い気はしないものだ。孝夫に嗤われた後はなおさら。きっと女性に対して当たり前のように綺麗だと言っているのだろうが、その何気ない言葉が有希子には染みたのだ。
やはり三宅は悪い人ではないのかもしれない。有希子はそう認識を改める。すこし距離が近いけれど、他人を思いやる言葉をかけられる優しい人なのだと。それなのに一人苦手意識を感じていた有希子は、自分が失礼なことをしていたのだと反省する。
せめて美味しいもを食べてほしいと、有希子は料理に精を出す。そして密かに、美味しいと言ってもらいたいな、なんて願っていた。
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