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その夜、有希子は悪夢で目が覚めた。
背中に伝う汗は冷房を入れなかったせいか、それともたった今見た夢のせいなのか。孝夫を起こさないように、有希子はタオルケットを静かに体の上からどける。寝巻のTシャツが肌に纏わりついて気持ち悪かった。
普段あまり夢というものを見ない有希子が、ここ最近になって同じ夢を見る。いつも同じ、嫌な夢。真っ暗中にポツンと有希子だけが立っていて、その闇の中から二本の手が伸びてくるのだ。それから逃れようとしても、足はピンで留められたかのように動かない。それなのにその腕は着々と有希子に近づいてくるのだ。そしていつも、有希子の体に触れるか触れないかのところで目が覚める。
Tシャツの裾で顔を拭いてみたが気休めにもならず、ベタベタしていて気持ち悪い。枕もとのスマホを手探りで掴み、電源を入れた。時計はまだ夜中の二時過ぎを表示していて、まだ夜は長いとため息をつく。このままじゃ気持ち悪くて寝られないし、汗で寝冷えでもしたら風邪をひく。有希子はこっそりとベッドから降りると、洗面所へと向かった。
脱衣所の電気をつけると、その眩しさで少し目がくらむ。肌に張り付いたTシャツを苦労しながら脱ぐと、直に洗濯機の中に放り込んだ。そして鏡の前に立つと、どうしても自分の後ろが見えてしまうのが怖い。何か変なものが見えはしないだろうかとビクつきながら、極力鏡を見ないように手早く顔を洗った。
冷やりとした水が気持ちよく、何度か顔につける。そうして気が済むと、ようやく鏡へと視線を向けた。そこには、うっすらとクマの出た寝不足気味の有希子の顔がある。
「はぁ……」
あの夢を見るのが怖い。そんな意識があるからか、有希子は眠ることが怖いと感じ始めていた。そしてこの歳にして初めて、悪夢というものはこんなにも疲れるのだということを知ったのだ。全身の水分が出たのかと思うほどの汗をかき、100メートル走でもしたのかというほど心臓はドキドキと早鐘を打つ。そしていつも体のあちらこちらのダルさに見舞われるのだ。
軽く体を拭いてから、新しいTシャツに袖を通す。明日も早いのにな、もう少し眠れるだろうかと、そんなことを考えながらベッドに戻る。隣を見れば、有希子に気が付く様子はなく孝夫はぐっすりと眠っていた。その安らかな寝顔に、少しだけ顔をしかめる。
もう暑くてタオルケットすら被る気にもならず、有希子はそのままうつ伏せで枕に顔を鎮める。目を閉じれば夢の中の手を思い出してしまいそうで、有希子は必死に楽しいことを考えたのだった。
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