遺言状

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「……どうかしましたか?」 「いや。田舎の父を思い出して」 「お父上を」 「大変ですけど、頑張ってください」 「……そんなに大変なんでしょうか。この仕事」  さすがの私も不安を感じ始めた。  門番の青年は真面目な顔で言う。 「命の危険を感じたら、逃げてください」 「……命の?」 「シャレになんないんで、ほんと」  命のやり取りには慣れている。  30年以上、血と硝煙の匂いの中に居た。  この仕事。もしかすると天職かもしれない。  そう思った私は彼に微笑んで見せる。 「ご心配ありがとうございます。出来る限り頑張ってみます」  戻って来た門番が私を呼んだ。  どうやら面接をして貰えるらしい。  すると、言葉を交わしていた青年が敬礼をして言う。 「健闘を祈ります」 「ありがとうございます」  敷地に招き入れられた私が見たのは、まるで城のように豪奢な洋館だった。  視線を感じ2階の窓を見る。  そこには幼い少女が居た。  おかっぱ頭に赤い着物。  まるで日本人形のようだ。  あれが『お嬢様』か。  私が頭を下げると、彼女は慌ててカーテンを閉めた。  人見知りなのだろうか。  私は家庭を持ったことが無い。  もちろん、子供も居ない。  そんな私に彼女の教育係が務まるのか。  いや。やるしかない。  まずは面接を突破しなくては。 「採用」  高そうな家具が並ぶ応接室。  向かい側のソファに座る少年が言い放った。  まだ挨拶もしていない。  戸惑う私に少年は微笑む。 「あなたは見た目がいい。それに品があります」 「……そうですか?」 「一条家で働くに相応しい。妹をお願いします」 「妹さん……」  目の前に居る細身の少年は10代半ばに見えた。  先程、見かけた少女はまだ7歳くらいだろう。  少し年の離れた兄妹だ。 「申し遅れました。僕は一条家の主で直哉(なおや)と言います。あなたのお名前は」 「……及川(おいかわ)です」 「及川さん。出来れば住み込みで働いて頂きたいのですが。ご家族は」 「独り身ですので」 「そうですか。良かった」  そう言う彼の表情は晴れやかだった。 「妹は少し気難しいところがあります。人の好き嫌いが激しくて。気性も荒い」 「覚えておきます」 「両親を亡くしたばかりで不安なのだと思います」 「ご両親は確か、ひと月前に事故で……」 「……えぇ」
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