15人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の瞳が翳る。
この若さで突然、親を亡くし大きな家を継いだ彼の心労は相当なものだろう。
「……大丈夫ですか」
思わず口にして、失礼だったかもしれないと後悔した。
彼は雇用主。私は雇われの身。
気を悪くしただろう。
「すみません。つい」
「構いませんよ。ありがとうございます」
表情。声の抑揚。
怒りは感じられなかった。
代わりにあったのは驚き。
そして安堵。
「あなたなら、妹も心を許すかもしれない」
「……そうでしょうか」
「とにかく会ってください」
使用人らしき女性に連れられて少女が部屋に入って来た。
先程、2階の窓から見ていた日本人形のような少女。手には古いクマのぬいぐるみを抱えている。
私の方を見ようとしない。怖がられているのかもしれない。
「妹の紗夜です」
「紗夜お嬢様、とお呼びすればよろしいですか?」
「名前だけでいいですよ」
「では、紗夜様と」
「紗夜」
兄に呼ばれた彼女の表情が強ばった。
緊張によるものか。
「こちらは及川さん。今日からお前の教育係になる方だ。ご挨拶を」
一瞬だけ私の方を見て、彼女は小さくお辞儀した。
やはり人見知りのようだ。
「……可愛い」
そう、口にした彼は立ち上がって妹に駆け寄る。
「紗夜は可愛すぎる!そう思いませんか及川さん!」
激しく同意を求められ戸惑った。
確かに彼女は可愛らしい。
しかし、ここで「可愛いですね」と言ったら妙な誤解をされるかもしれない。
幼女を愛でる趣味があるのではないか、と。
この歳で独り身なのも説得力を持たせてしまい、ますます怪しまれそうだ。
「やめてくださいお兄さま」
思いの外はっきりした口調で彼女が兄を諌めた。
「及川さんが困っています」
「……あぁ、そうだね。すみません及川さん」
「……いえ。仲の良いご兄妹で、素敵だと思います」
賢い少女だ。
彼女に問題があるようには思えない。
今までの教育係が1日で辞めた理由が見えなかった。
使用人の男性が私を案内したのは、館と同じ敷地に建つ小さな日本家屋。
住み込みの使用人の寮として使っているらしい。
四畳半の和室が私の新しい住まいとなった。
独り身で荷物も無い。
十分な広さだ。
窓は北側にひとつ。昼間でも薄暗く明かりが必要だ。
窓を開け換気していると、早速呼び出された。
慌てて館に戻る。
最初のコメントを投稿しよう!