遺言状

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 意外と素直に、彼女は謝罪を口にした。  不貞腐れて嫌々かと思ったが本当に申し訳ないと思っている様子で。 「私ではなく、あの人に謝りましょう」 「それはイヤ」 「私も一緒に謝ります」 「……どうして?あなたは悪くないでしょ」 「私は紗夜様の教育係です。紗夜様の過ちは私の至らなさが原因です」  そう言った私を、彼女が凝視した。 「……どうかしましたか?」 「あのね」 「はい」 「今までの教育係の人は私を酷く叱ったり、逆に何をしても叱らなかったの」 「そうなのですか」 「どちらも気に入らなくて、お兄さまに頼んで酷い目に遭わせて辞めさせたわ」  なるほど。それで皆、1日で居なくなった。  その『酷い目』というのが命に関わるような行為だったのだろう。 「あなたは違う。きちんと私の気持ちを聞いてくれた。私が間違った理由を教えてくれた」  今まで彼女と同じ目線の高さで接してくれる大人が居なかったのかもしれない。  裕福で何不自由なく暮らしていても、それは不幸なことだ。 「私はただ、思ったことを口にしたまでです」 「それがいいの」  彼女の小さな手が私の頬を包んだ。 「嘘つきは嫌い。あなたの目は本当のことしか言わない目だわ」  思い出した。私は嘘がつけない。  そこが短所で長所だと、『彼女』は笑っていた。  涙が滲むのを感じて目を閉じる。 「どうしたの?どこか痛い?」 「……何でもありません」 「嘘つきは嫌いって言ったでしょ」 「……ある人を思い出しました」 「だれ?」 「私が最も大切に想っていた人です」 「恋人?」  興味津々な様子で彼女が身を乗り出した。  いい歳をして、何だか恥ずかしくなる。 「恋人ではありません」 「じゃあ、家族?」 「家族でもありません」 「なら。私もあなたの大切な人になれる?」  想定外のセリフを返されて、私は言葉に詰まった。 「私、あなたの大切な人になりたい」  これは……気に入られたということなのだろうか。  仕事面ではとても有難いことだ。辞めさせられずに済む。  しかし。あまり気に入られてしまうと、彼女を溺愛する彼に嫉妬されそうだ。  その日から。彼女は私を常に傍に置くようになった。  風呂にまで連れて行こうとするから、必死に説得して許して頂いた。  幸いなことに彼に嫉妬されることも無く、私は平和な日々を過ごしている。  彼女が拐われた、という報せが届いたのは、この仕事に就いてから2ヶ月が経った頃だった。
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