15人が本棚に入れています
本棚に追加
寮から全力で走り、駆け込んだ早朝の館の中は騒然としていた。
近くに居た使用人の青年を捕まえて詳しい事情を聞く。
夜勤の使用人が物音を聞いた。
それは彼女の部屋の方から聞こえたと言う。
扉をノックしても返答が無い。
恐る恐る部屋に入ると真冬なのに窓が開いていて、彼女の姿は無かった。
誤って転落したのかと思い窓から外を見た。
薄暗くてよく分からなかったが、庭を走る人影が見えた。
彼女の部屋は2階の角。張り出した1階部分の屋根を伝えば外からも出入り出来る。
油断していた。私としたことが。
……そうだ。彼はどうしている。
大切な妹が姿を消して、正気では居られないかもしれない。
館の西側にある彼の部屋へ向かう。
その一角は不気味なくらい静まり返っていた。
「直哉様。いらっしゃいますか」
返事は無い。気配は有る。
「失礼します」
荒れ果てた室内。窓際に置かれたベッドの上に彼は居た。
寝間着姿のまま膝を抱えて俯いている。
「直哉様。ご指示を」
彼は一条家の主。彼の指示が無ければ皆も右往左往することしか出来ない。
「警察に連絡は?」
「……してない」
「犯人に心当たりは」
「……わからないよ」
泣きそうな声。まだ年若い彼だ。無理もない。
「……僕のせいだ」
「今は自分を責めている場合ではありません」
「紗夜が居なくなればいいと思ったから……!」
驚いた。彼は妹を溺愛している。
あれは演技では無かった。
「どうしよう……紗夜に何かあったら……」
「あなたのせいではありません」
「遺産なんて要らない……紗夜が居てくれれば……」
……そうか。彼はこの若さで莫大な遺産を手にしている。
欲に目が眩み、妹の分まで欲しくなったのだろう。
「落ち着いてください」
「無理だよ!僕のせいで紗夜が居なくなったのに!」
「あなたのせいではない。そして相手の不幸を願ったとしても、現実にはなりません。あなたは悔いている。それで十分です」
彼の顔から険しさが消えた。誰かに許されたかったのだろう。
「僕は……紗夜の本当の兄じゃない」
「そうなのですか?」
「僕は養子で。紗夜がこの家の、本当の子供なんだ」
彼の境遇を思うと胸が痛い。
「父の遺言状には……財産は紗夜と、その夫となる者に譲るって」
「そんなことが……」
それはあまりに惨い。彼の心が歪むのも仕方ない。
周りの者も必死に彼女を手に入れようとするだろう。
最初のコメントを投稿しよう!