遺言状

7/10
前へ
/10ページ
次へ
「……直哉様」 「なに」 「遺言状はいつ、出て来ましたか」 「いつ?」 「ご両親が亡くなられて、時間が経ってからではありませんか」  彼は頷く。 「そう……確か2ヶ月くらい前。父と母が亡くなって、ひと月も経っていた」 「遺言状の内容を知っているのはあなただけですか?」 「いや。僕以外にも居る」 「それは誰ですか?」 「叔父たちと……弁護士」  敵と、敵の魂胆が読めた。  奴らは遺された幼い兄妹を混乱させ陥れ、意のままに操ろうとしている。  目的は遺産。  兄妹の両親の事故も仕組まれたものの可能性がある。  もし事故が作為的なものとしたら。  手段を選ばない連中だ。彼女も命が危ない。  私は彼に背を向ける。 「……及川さん!待って!僕を独りにしないで!」 「大丈夫。すぐに戻ります」  本当は彼の方を向いて、笑顔で言いたかったのに。  私は振り返ることが出来なかった。  今の私はきっと。人殺しの目をしている。 ◆  寮の部屋に戻る。  たったひとつ、私が持って来たスーツケース。  静かに開いた。  そこには2丁の拳銃が眠っている。  ひとつは私の。そしてもうひとつは、彼女の形見だ。  もう二度と手にすることは無いと思っていた。 『大人しく引退して、普通のおじさんとして生きること』  それが彼女との約束だった。  娘でもおかしくないくらい、年の離れた彼女。  相棒になった時は戸惑った。  彼女は全く気にしていない様子で、父親のような私にも分け隔て無く接して。  いつしか、かけがえのない人になった。  あの雪の日。彼女の左手の薬指には指輪が光っていた。 『私、結婚するの』  そう、嬉しそうに報告する彼女に私は、祝福の言葉を伝えることが出来なかった。  自分の中に眠っていた醜い感情に戸惑って。  乱れた心に隙が生まれた。  ターゲットを一撃で仕留め損ねた。  逃げ出した男に向けて放った銃弾は。  待ち伏せしていた彼女の左胸を貫通した。  時を巻き戻せたら。そう、何度も願った。  あれ以来、初めて手にする拳銃。  震える右手を必死に抑え込む。  こんな状態では相手を仕留められない。  何度も深呼吸をして心を落ち着かせる。  今、私が行かなければ。  もう一度、『彼女』を失うことになる。  冷静に念入りに、拳銃の状態を確認した。  問題ない。以前と同じように使える。  迷いながら、形見の拳銃も手にした。  彼女の温もりが残っている気がした。  館の敷地に放り込まれた手紙。  それは身代金を要求するものだった。  金額は大したものでは無い。  一条家ならばすぐに用意が出来た。  向こうは受け渡し役に私を指名。  本物の札束を鞄に詰めて、指定された場所へ向かう。  昼間だというのに曇天のせいか暗い空。  足を踏み入れた海沿いの廃倉庫。  薄暗い中に複数の人間の気配がする。  その中に彼女は居ない。  別の場所に隠している。  好都合だ。  彼女に見られないのなら。  思う存分、暴れられる。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加