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「……直哉様」
「なに」
「遺言状はいつ、出て来ましたか」
「いつ?」
「ご両親が亡くなられて、時間が経ってからではありませんか」
彼は頷く。
「そう……確か2ヶ月くらい前。父と母が亡くなって、ひと月も経っていた」
「遺言状の内容を知っているのはあなただけですか?」
「いや。僕以外にも居る」
「それは誰ですか?」
「叔父たちと……弁護士」
敵と、敵の魂胆が読めた。
奴らは遺された幼い兄妹を混乱させ陥れ、意のままに操ろうとしている。
目的は遺産。
兄妹の両親の事故も仕組まれたものの可能性がある。
もし事故が作為的なものとしたら。
手段を選ばない連中だ。彼女も命が危ない。
私は彼に背を向ける。
「……及川さん!待って!僕を独りにしないで!」
「大丈夫。すぐに戻ります」
本当は彼の方を向いて、笑顔で言いたかったのに。
私は振り返ることが出来なかった。
今の私はきっと。人殺しの目をしている。
◆
寮の部屋に戻る。
たったひとつ、私が持って来たスーツケース。
静かに開いた。
そこには2丁の拳銃が眠っている。
ひとつは私の。そしてもうひとつは、彼女の形見だ。
もう二度と手にすることは無いと思っていた。
『大人しく引退して、普通のおじさんとして生きること』
それが彼女との約束だった。
娘でもおかしくないくらい、年の離れた彼女。
相棒になった時は戸惑った。
彼女は全く気にしていない様子で、父親のような私にも分け隔て無く接して。
いつしか、かけがえのない人になった。
あの雪の日。彼女の左手の薬指には指輪が光っていた。
『私、結婚するの』
そう、嬉しそうに報告する彼女に私は、祝福の言葉を伝えることが出来なかった。
自分の中に眠っていた醜い感情に戸惑って。
乱れた心に隙が生まれた。
ターゲットを一撃で仕留め損ねた。
逃げ出した男に向けて放った銃弾は。
待ち伏せしていた彼女の左胸を貫通した。
時を巻き戻せたら。そう、何度も願った。
あれ以来、初めて手にする拳銃。
震える右手を必死に抑え込む。
こんな状態では相手を仕留められない。
何度も深呼吸をして心を落ち着かせる。
今、私が行かなければ。
もう一度、『彼女』を失うことになる。
冷静に念入りに、拳銃の状態を確認した。
問題ない。以前と同じように使える。
迷いながら、形見の拳銃も手にした。
彼女の温もりが残っている気がした。
館の敷地に放り込まれた手紙。
それは身代金を要求するものだった。
金額は大したものでは無い。
一条家ならばすぐに用意が出来た。
向こうは受け渡し役に私を指名。
本物の札束を鞄に詰めて、指定された場所へ向かう。
昼間だというのに曇天のせいか暗い空。
足を踏み入れた海沿いの廃倉庫。
薄暗い中に複数の人間の気配がする。
その中に彼女は居ない。
別の場所に隠している。
好都合だ。
彼女に見られないのなら。
思う存分、暴れられる。
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