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雪が降っていた。
彼女の頬に落ちた雪は、そのままの姿を保っていた。
薄汚い路地裏で。
冷たくなった彼女に私は詫び続けた。
その日。
2人の殺し屋が姿を消した。
【 遺言状 】
「ご紹介できる仕事は、ありませんねぇ」
職業案内所のカウンター。
職員の中年女性が無愛想に言う。
座り方からして尊大だ。
歳を重ねた人間ほど謙虚であるべきだろう。
いや、私もいい歳だ。人のことは言えない。
「その歳で転職するなんて。無謀ですよ」
「……ですよね」
愛想笑いする私に向けられた帰れオーラ。
仕方ない。出直そう。
帰り際。出入口付近の壁に一枚の貼り紙を見つけた。
足を止めた私に、先程対応してくれた職員が声を掛ける。
「やめといた方がいいですよ、ソレ」
「理由をお聞きしてもいいですか」
「紹介した人、みんな1日で辞めてるから」
「1日……」
そんなに過酷な仕事なのだろうか。
逆に興味を引かれて内容を確認する。
雇い主は一条家。
確かこの辺り一帯の広大な土地を所有する有力者……だった筈。
他所から流れて来たばかりの私でも知っているのだから、相当な富豪だろう。
記憶を辿る。
……そうだ。ひと月程前の新聞記事。
一条夫妻が事故死したと書いてあった。
貼り紙は『お嬢様の教育係』を募集するものだった。
そんなに過酷な仕事内容とは思えない。
年齢、性別、経歴、経験不問。
給料も平均以上。
住み込みOK。
これしか無い。
私はその足で一条家の屋敷へと向かう。
高い塀が何処までも続いていた。
大きな洋館の屋根が僅かに見える。
ようやく門に辿り着くと、軍服姿の若い男が2人。
立ち止まった私を睨みつけていた。
「あのー」
「何だ」
「職業案内所の張り紙を見まして」
「あぁ、あれか」
「是非とも雇って頂けないかと」
「悪いことは言わない。やめとけ」
門番まで私を止めるとは思わなかった。
それでも引き下がる訳には行かない。
ここに賭けるしかない。
「そこをなんとか。取り次いで頂けませんか」
「しつこいな」
「前の仕事をクビになって。早く仕事に就かないと、もう持ち金が無いんです」
背中を丸めて小声で言ってみる。
そんな私を憐れに思ったのか、門番の一人が小さなくぐり戸から敷地の中へと入って行った。
「すみません。お手数お掛けして」
残ったもう一人に頭を下げると、彼は少し表情を崩す。
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