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ドアを開ける時は、いつだってドキドキする。
ヤバいのありませんようにって、祈ってから、ノブを回す、引き戸を開ける。
今、自分が就いている清掃の仕事は、一般家庭の日常清掃も請け負っているけど、メインは丸ごとのお片付け。
死んじゃったり、行方不明になっちゃったりした人の部屋、家を、遺族の方や大家からの依頼で、綺麗さっぱり片付ける。
今日は2トン車を用意して、古いアパート、2Kの部屋のお片付け。
ちょっと早く、現場に着いたから、8時の開始時間までは車の中で待機中。
助手席でスマホを眺めている、本日のパートナー、内田さんは40代後半のおっさん。5年目だったか、うちでは古株。この業界、入れ替わりが激しくて、2年やったら、中堅扱い。
自分は、高校卒業後、入社した会社を半年で退職、この清掃会社にアルバイトで入った口。1年続けたら、社長から「来月から正社員」と言われ、「はぁ」
なんて返事して、喜んでいいのか、断るべきだったのか、よくわからぬまま社員になって、もうすぐ1年が過ぎようとしている。実質2年が終わるわけ。
車の窓から、本日の対象物件、1Fの104号室に目を向ける。茶色のカーテンで塞がれて、中は見ることができないや。
「営業は、大したことないって言ってましたけどね」
「あてになんねーよ。あいつら、中、見ないから」
内田さんは吐き捨てた。たぶん、何度も、「大したことない」って言葉に裏切られてる。
「ですよね~」
自分も苦笑いしながら、同意した。
どこの会社も、営業と現場、なかなか上手くいかないよね。仕事を取ってくるの大変なのはわかるんだけどね。
基本、うちの営業の人、玄関から入って、メインの部屋をチラみして、ちゃちゃっと見積り作るから。押し入れなんて開けたりしない。
時計に目をやる。10分前。
「先週やったとこ、猫の死体でましたよ」
「腐乱?」
内田さん、スマホから、目を離すことなく、問い返す。
「いえ、もう、骨と毛だけって感じ。ほぼ終わった状態」
「なら、いいじゃねえか」
「よくはないけど、ましでした」
ウジとか、よくわからない虫が集まっている時、肉が腐っていく時が、臭い的にも、ビジュアル的にも一番キツイ。
「内田さん、これまでで、一番ヤバかったのは何ですか?」
ちょっと考える素振りをした。
「・・・バカ、そんなの思い出させんな」
ハハッて乾いた笑いを発しながら、厚い手袋を身に着けて車から降りる。
さぁ、ドキドキの時間が始まるね。
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