ある委員会の広報誌より

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 いよいよ儀式が始まる。  それは、この真っ白な貴婦人の肌に、印を刻むことだ。  汚れなき白い肌を汚すのが恐れ多いと、印を刻まない者もいる。  まあ、人それぞれの趣味嗜好ではあるが、やはりこの国家が主催する神聖な宴においては、何らかの印を刻むことこそ、儀式の参加者に相応しい行為といえよう。  では、どのような印を刻むべきなのか。  案ずることなかれ。それは、宴の場でわかる。いくつかの印の見本があるから、そのうちの一つを選び、形を真似すればよい。  え? どの印を選んだらいいかわからないって?  それは、各々の趣向で決めればよい。  形がイケてるものでもいい。  刻みやすい印でもいいだろう。なお、大体の印は、刻みやすい形にアレンジされていることが多いので、その点は心配しなくていい。  どの印を選ぶかが一番大切であって、それがわからないなら、この宴に参加する資格はない、と言う者もいる。  その主張はわからないでもない。  が、あまりその主張を高々主張されると、「じゃあ、やーめた」と、宴の参加を放棄するものが増えるばかりだ。  せっかく国家が無料で招待してくれるこの宴。参加しない手はない。  なるほど。『安易な気持ちで宴に参加することは、亡国の道につながる』その懸念もわかる。  が、それより、宴の参加者が減ることの方が、亡国の道につながるのではなかろうか。  だからこそ私は、非才の身でありながら、このような#文__ふみ__#をしたためているのだ。  なので慣れないうちは、どの印を選ぶかは各々の感性で決めればよい。慣れてくれば、自身の魂をゆだねるにふさわしい印が見えてくるだろう。  いや、印ごときに、魂などゆだねたくないと?  そう思うなら、比較的マシな印を選べばいい。  どうしても納得できないなら、自らが印を作る、という手がある。  そう。この国の民なら、印を作る資格があるのだから。  印を決めたら、手渡された棒を使って、印の形に炭素を貴婦人の肌に刻みつけよう。  この感触が何とも言えず心地よい。刻む時の音や肌の抵抗感で、恍惚とする者も多かろう。  が、恍惚に浸るのはほどほどに。なぜなら、厳粛な宴だ。参加者の挙動は監視されている。  それもこの宴の醍醐味だ。監視されている中、背徳的な心地に身をゆだねる。こんな快楽があろうか。  最後に、印を刻んだ貴婦人の肌に別れを告げよう。  掌に収まる彼女の感触の名残を惜しみつつ、手を放つ。  すると彼女は細い隙間を通過し、花を開かせるのだ。  粒子だった光子がスリットを潜り抜けると波動になるように。  10の8乗もの粒子が放たれ、ほどなく波動として収束する。収束の結果は、宴の終わりに明かされる。  自らがナノ粒子となるこの瞬間。  こんな至福を味わえる宴など、この時をおいて他にない。  とっておきの話をしよう。  見知らぬ美しい女性に笑顔で話しかけられることなど、滅多にない。  しかし、宴を済ませた者に、たまに美しい女性から声をかけられることがある。  彼女の問いに、どう答えるかはお任せしよう。  正直に答えるか、あえて偽りを述べるか。  または、美女の微笑を無言で交わすのも、密やかな楽しみかもしれない。  ね?  なんだか楽しそうでしょ?  ワクワクしてきたでしょ?  だからさ。  選挙いこ!!
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